クリス・ウェア

PEOPLE


クリス・ウェアは私の近所に住んでいる。彼に会ったことは一度もないが、有名な漫画家が最近、街の北の方から、私の住む自然の多い郊外の方へ引っ越したと聞いた時、頻繁に高い評価を受けている彼の作品に、目を通さないわけにはいかなかった。その作品は、「Jimmy Corrigan: The Smartest Kid on Earth」だ。

それは確かに、どんな賞賛にも値するものだった。当初から、そのデザインは呪物崇拝者の注目を浴びていた。チップ・キッドという編集者によると、彼は、奇妙で小さなレンガのような形と重量感を出すように、自ら本をデザインしたそうだ。平らな長方形のページに、においのするインク(大豆インクだろうか?)が、厚く、光沢が施されてないクリーム色のページにのせられている。


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「Jimmy Corrigan」は、マンガの名画集だ。シカゴのニューシティーマガジンでは連載になり、ウェア自身のACMEノヴェルティ図書館では1993年から96年の間、展示された。本の内容をざっと見て感じることは、この現代の世界のもの悲しさがあるということ。もう一つは、ウェアが、古い音楽や昔ながらの広告、イラスト入りの小冊子、パンフレット、新聞など様々な印刷物の中に見出した、より洗練されたコミュニケーションの形態に対する、宗教的と言ってもいいほどの信心さだ。

ウェアのマンガで描かれているストーリーは、ほとんど彼のキャラクター自体が主題かのようだ。彼の作品での言葉づかいは、音楽的だと言われている。ラグタイムジャズのようにリズミカルで、ビジュアル的には、自動演奏ピアノのようなイメージなのだ。

「Jimmy Corrigan: The Smartest Kid on Earth」では、現代の、不規則に広がった灰色の中西部の街が、シカゴで1892年に開かれたコロンビア博覧会とともに並べられている。ここで深く話すのは危険だが、ウェアは、博覧会の巨大な建物の頂上で、年上のコリガンに彼の9歳という年を捨てさせるのだ。.

ある意味で、「Jimmy Corrigan: The Smartest Kid on Earth」は、クリエーターの手法という面では保守的だといえる。形式や構成、また語り口調においても、似たページは2つとない。ウェアの奇抜な表現の中には、主観的で、ぶつぶつと物を言って考えるような、話そのものを進めるというよりは色や音をそこに加えて広げるといったものがある。その他にも、こと細かく区切られた場面や、さらに話の筋を散漫にするような夢の連続などがある。

ダニエル・リバーンは、インタビューをするためクリス・ウェアの自宅を訪問した際に、「ウェアのバンジョーや本、アンティークのおもちゃ、レコードと共に過ごせば、自殺をする人はいないだろう」と感想を述べている。(Volume1, No.3,1999,p1)

ウェアは孤独や精神的な疲弊、絶望でさえも、直視することを避けないので、読み手は、ごくプライベートで、引きこもりがちな状況を自らは危険を冒すことなく、垣間見ることができる。まさにこれが、「Jimmy Corrigan: The Smartest Kid on Earth」が読者に持つ影響力だろう。骨董品からアイデアを得たような、小さくてリズミカルな手書きのタイトルや、ところどころにある曲線の多い装飾を使うことで、この作品は、“逃げ”から生じる束の間の満足感や、よくありがちな反ヒーロー主義のどちらともが突出していない。ウェアは代わりに、読み手を引き込もうとしているのだ。彼の絵は、補足にすぎない、という錯覚の背後で、完璧主義者の手によるものではない、職人らしいアートは、ニヒルさと希望のなさを印象づけるのだ。

Text: Matt Smith from Clean Magazine
Images courtesy of Chris Ware and Pantheon Graphic Novels
Translation: Naoko Fukushi

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