ギレス・マッソ展

HAPPENING


私達はよく、目の前にある出来事を当たり前の事と思ってしまう。特に人生の中の些細なことがそうではないだろうか。フランス人アーティスト、ギレス・マッソの作品展「MY LIFE AS A LAMP-POST(街灯としての私の人生)」では、私達の身近にある静かなる存在をカメラのレンズを通して見ることができる。イメージをただ捉える以上に、この展覧会では私達が見落としている暗闇の中のはかない物事の実体とキャラクターを表現し、私達が目を向けるべき世界を照らしている。

今年の「シンガポール・アート・フェスティバル」と共同で行われたこの展覧会。今月の写真として紹介され、過去にも数多くの国際的、そして地元の作品が展示されてきた。写真はアートメディアとしてその足場を固めつつある。もしかしたら純正主義者は、写真はアートではないと目くじらを立てるかもしれない。アマチュアにとってフォトショップの存在はそれ程ありがたいものではなく、それ自体が熟練者の為の道具として作られているように思われる。フォトショップでフィルムにイメージをキャプチャ−するには、熟練したスキルと技術が必要なのである。またこの場合、オブジェクトの精神までキャプチャーしようとすることは、街灯のフィーリングとエッセンスをキャプチャーすることになるのだ。

撮影は大陸を越えて行われ、その期間は25年にも及んだ。街灯それぞれの孤独感と感情がライト、色、そしてコンポジションからうかがうことが出来る。ある街灯はどうにもならない程の寂しさに溢れているように見える。青空を背景に太陽もあり、電線もある風景に誇り高くそびえ立つ街灯は、各々が持つイメージによって各々のスト−リを展開し、思いや疑問が浮かんでくるようになっている。それでも写真がアートとして不十分だと言えるだろうか?

ギャラリー空間へと続く階段には、ライトボックスのインスタレーションが設置されている。人が上に登ると反応するようになっているライトボックスだ。ランプの配置をまねしてみると、写真でとらえられたオブジェクトの気持ちを詳説を通じて、来場者の注意を表現し、その注意を街灯の存在へと移して行くのだ。

その存在はあまり注目されないが、どこにでもあるものとしての街灯は、もしかしたら習慣をぶち壊すような思いの中に存在しているのかもしれない。このような感情と思いを持ってみると、他の何かもこのようなものと関連性があるかもしれないし、違うライトを当てて見ることもできるのだ。

My life as a lamp – post
会期:2002年6月5日〜22日
会場:Plastique Kinetic Worms
住所:61 Kerbau Road Singapore 219185
TEL:+65 6292 7783
admin@pkworms.org.sg
http://www.pkworms.org.sg

Text and Photos: Fann ZJ From Npsea Enterprise
Translation: Sachiko Kurashina

【ボランティアスタッフ募集】翻訳・編集ライターを募集中です。詳細はメールでお問い合わせください。
コントワー・デ・コトニエ公式通販サイト | 2016 SUMMER SALE
MoMA STORE