デイビッド・ユウ

PEOPLE


クリスマスパーティーで、デイビット・ユウに会った。すごくラッキーだった。そこでのインタビューを今回は紹介したい。

簡単に自己紹介と、職業を教えて下さい。

2002年に30歳になるデイビット・ユウです。現在はニューヨークを拠点に活動していますが、おそらくそれほど長くは滞在しないでしょう。デザイナーをしています。

今回香港に来た目的はなんですか?また、どのくらい滞在する予定ですか?

5年ほど前にカナダのバンクーバーからニューヨークに引っ越して以来、年末には家族とクリスマスと新年を迎える為に香港に来ていました。そして、1月のはじめには、ニューヨークに戻る、というかたちをとっています。

どのような印象を香港には持っていますか?

まだ子供だった頃は、香港に戻ってBBガンやおもちゃのロボット、そして新しい服を買ってバンクーバーに戻るのが好きでした(笑)。中国の広州によく旅行にも行って、母方の親戚を訪ねたりしました。叔父がよく、箱一杯の花火を用意してくれており、夜の公園に行ってライチを食べた後にその花火で遊んだりしました。大人になった今は、広東語も上手く話せるようになりましたし、自由に使えるお金も得ることができるようになり、香港には友達も同級生もいてみんな働いています。ですから、ここ2、3年の香港に来る目的は、以前とは違ったものになってきています。香港で20代を過ごす、ということがどんなものか、今では想像できるようになりました。

あなたから見て、香港とニューヨークの違いは何だと思いますか?

両方とも、消費物に溢れていて生活が道ばたにまでおよんでいるクレイジーな大都会だと思います。地形的に香港の方が小さいので、ニューヨークよりずっと込み合っていて、人に溢れ返っている感じがします。そのほかには、それほど相違点はないと思います。ニューヨークは香港に比べると古い街ですし、もっとやつれつつも粗っぽい鋭さがあると思います。歴史、アート、そしていたる所でカルチャーが伝統的なセンスで息づいています。香港も、粗っぽい面がありますが、ハイパーかつ現代的な面と上手にバランスをとっています。きっとこれは、日本から強い影響を受けているのと、国際的な改善が約100年及ぶイギリスによる支配から来ているものだからでしょう。そして素晴しい歴史的に古い文化的面は、何千年も前からの中国の歴史から来た全てのものに命を吹き込んで来たのです。ですから、これら全ての面は一緒に作られたものですし、私の中では、街を広範囲で面白くする文化の衝突とも言えるのです。ニューヨークのピザは懐かしいですけどね(笑)。

香港の好きなところ、嫌いなところは何ですか?

うーん。絶対に好きなところの方が多いのですが、食べ物はおいしいし、買い物ができる所もたくさんあるし、夜遅くに食べたり、じめっとした空気の匂いとか、夜道を歩く時の気持ちよさとか、島にいるという感覚も好きです。小さい頃から水に親しんできたので、ボートに乗って香港からラマ島やランタウ島や、もっと足を伸ばせばマカオまで行けるのは嬉しいです。地理的、そして都会的計画に長けている香港は、とても興味深い街で、中間から上も下も見る事ができますし、それだけ丘と木々の間に段差があり、その中に高層ビル群と寺が隣り合っているのです。
嫌いなところはそれほどありませんが、消費するばかりの文化にはやや息が詰まる思いがします。でも、これはその気になれば止められるものですし、少なくとも選択肢もあるはずですし、これは一番大切なことだと私は思っています。あなたが望めば、通りを歩くと真夜中でもスニーカーを買うことができるし、朝の3時にラーメンを食べることもできる、といったような選択肢です。香港は本当に、選択肢と実現するようにあなたが動けばそれが瞬時にリアルになるような、そんな街のように思えます。まぁ、しいて言えば夏の湿度の高さにうんざりです。とても耐えられません。

香港の何処に行きましたか?またどんな人に会いましたか?

良く見て回る時間がそれほどないのが現実なのですが、家族や友達が働いたり、住んでいたり、ぶらぶらしたりするエリアで彼等に会ったりするのがほとんどです。私がかつて住んでいた九龍、旺角、セントラルに行く機会が多かったです。高校時代の友達、大学時代の友達と会って、銅鑼湾やソーホー(セントラル)で食事をしたり飲みに行ったりしました。クリスマスイブの日は、石憶にある小さな島の超現実的な小さな野外にあるバーで過ごし、クリスマスの日は尖沙咀から香港湾の夜景を見ました。そして忘れることのできない大晦日の日は、蘭桂坊にあるCクラブの他、いろいろな場所で過ごしました。最後の方の記憶はとても曖昧です。ボクシングデイ(12月26日)には、ソーホーで行われたIdNのクリスマスパーティーにはあなた(インタビュアー)にも会いましたね。他には・・、それほど買い物もしていないのですが、今回の一番の買い物は摩羅上街で買った80年代香港のポップミュージックのレコードの山と、言葉を超えてわくわくさせてくれる香港の古い雑誌です。友達のパトリックミウが手厚くもてなしてくれたことにとても感謝しています。

好きな香港ヒーローは誰ですか?何故その人に感銘を受けたのですか?

好きだったり、憧れたり、感銘を受けたり、衝撃を受けたりした人はいますが、本物のヒーローがいる限り名前をあげることは難しいです。もしかしたらこれは古臭く聞こえるかもしれませんが、でも私の父と母は私を感銘するのを止めたことがありません。ですから、全ては二人のお陰だと言わなければいけませんね。

香港で見たものは、デザインやデザインがベースになっているプロジェクトを考える時に何らかの影響を及ぼしていると思いますか?

自分の作品で私が行っていることは、主として今まで経験して来たことや、香港系中国人の家族の中で育ったこと、広東語を話すこと、このカルチャーに関係のある価値と共に成長したこと、香港のテレビを見て香港の音楽を聴いていることから影響を受けたものばかりです。それらの多くは、私のクリエィティブな作品を導いてくれたもので、そのうちの何個かは意識的に、でも大体は無意識なものだと思います。

一緒に仕事をしてみたい香港出身のデザイナーはいますか?そう思ったきっかけは何ですか?例えば、本の出版、ウェブサイトの立ち上げ、または一緒にショッピングやお酒を飲みに行ったり等、その人達とどのようなことをしてみたいですか?

香港ではそれほど多くのデザイナーと会う機会はなかったのですが、ぜひとも会ってみたいです。彼等がどんな風にここで生活し働いているのか、そのことについてどう思っているのか、どうやってここでデザイン産業を見つけているのか、そのようなことについて知りたいです。お店でお茶をしながら、クラアントとどう付き合っているのか、料金はどうやって請求しているのか等話してみたりしたいです。香港の文化は異質なものですし、今でも私にとっては特別な場所でもあります。たぶん、香港のデザインビジネスに対するまた違ったマンネリズムやニュアンスがあるからだと思います。もし実際に会話が共同制作にまで導いてくれるのならば、それはそれでいいことです。たいていこういうことはレアなことなのですが、それは共通する興味を持つこと自体が十分ではない気がするのと、これはまた、同じゴール、価値観、プロセス上の認識や結果への期待をシェアすることと同じことです。エリック・ソウと私が最終的に一緒に作品を作ることになった理由はここにあります。

最近の活動について教えて下さい。DHKYのための次のプロジェクトはどういったものになる予定ですか?

今年の終わりには、香港に引っ越してくる予定でいます!ずっとそうしたかったのですが、今回香港に戻って来て、目の前に突然何かが過り、これが論理的にも次のステップだということがはっきりしたのです。前回無理に決断させられているな、と感じたのはバンクーバーからニューヨークに引っ越した時でした。結果的にこれはいい決断だったと思っています。ですから、今回の引っ越しも、個人的にもプロフェッショナル的にも良い方向に進むことを願っています。DHKYのプロジェクトが進行する限り、物事はなるようになるでしょうし、そういうものだと思います。計画したように物事が進むことはまずないですし、やっぱり、何かが起こる時は起こるのです。

Text: Mlee from Shellmoon
Photos: Elaine Lee from Eoll
Translation: Sachiko Kurashina

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