平沢進インタラクティブ・ライブ

HAPPENING

12月18日の夕方、 まだ開通して間もない東京の地下鉄環状線「大江戸線」に乗っていたところ、同じ車両にイッセイミヤケのグリーンのプリーツワンピースを着たかなり若作りの奇妙な婦人がいた。しかしこちらを振り向いたら若い女の子だった。おばさんの体型をしなやかにフォローするこのデザインを、単に年若い女の子が着ることでこの奇妙な雰囲気が滲んでいるのかと最初は思ったけれど、どうもこの少女自体の発散するオーラは尋常ではない。精一杯オシャレをしているらしくもあり、母親か叔母さんにでも借りてきたかもしれないこの歴史的服飾デザインのプリーツスーツは、「ブランドものよ!」というただそれだけの価値しかないように思える。でも足下は2〜3千円のバーゲンもの編み上げブーツを履いているので中学生か高校生くらいかもしれない。とにかく勢い込んでいる感じで、さながら初めてのデートかアイドルのコンサートにでも向かう途中の熱気だ。センスとエレガンスを身につけるほどの知性はまだなく、顔つきは弛緩している。どこにでもいる平凡な中高生の少女だけれど、変に場違いなファッションと身体から発散する熱気から一瞬“特殊学級”の生徒かとすら思った。
時間的にも風貌的にも、おそらく彼女はなにか(アイドルかビジュアル系ロックバンドか)のコンサートに行く途中だと思うが、同じく僕もこの日は浜松町メルパクホールで行われる平沢進のインタラクティブ・ライヴに向かう途中だった。種類は違ってもコンサートという祝祭は向かう途中からその参加者には高揚感を与えるらしい。


© 2000 Graphics: Masaru Owaku (A-Shield)

インタラクティブ・ライブは、 日本のテクノポップの始祖「P-MODEL」のリーダー平沢進が1994年から始めたマルティメディアのライブコンサート。94年といえば日本では“ヴァーチャルリアリティ”と“インタラクティブ”が持て囃されたマルチメディアの狂騒期で、バブルの残り火がくすぶりCD-ROMビジネスが一瞬勢いづいた頃だった。さまざまなアーティスト達が自分の表現とテクノロジーの可能性との接点を見いだそうと模索していた時期、平沢のこのインタラクティブ・ライブの試みは、その行動力と実験精神からもかなり注目すべきものだった。
このライブは、コンピュータを介して観客の意志が次々と反映されていくエンターテインメントで、ここ数年はインターネットを介した在宅オーディエンスの参加も積極的だという。ステージと客席を仕切る半透明の巨大なスクリーンにはさまざまなテキストメッセージとリアルタイムCGが投影され、予めいくつかに分岐したコンサートのストーリーは、観客の反応によって選ばれ進行し、そしてそれによって異なるエンディングを迎える。いってみればロールプレイングである。もちろん心理カウンセリングで行われる本来の意味でのロールプレイングも、そしてまたそれを娯楽に転化したTVゲームとしてのロールプレイングゲームの意味合いも含めて……。

P-MODEL(および平沢)のファンは一般に年齢層が高い。 80年代に彼らのサウンドに接した者がそのまま現在に至るケースも多く、新たなファンが生まれる可能性は一見少ない。同じエレクトロニックミュージック (テクノ)とはいっても、彼は90年代以降のハウスミュージックからテクノへと続くクラブミュージックの流れとは全く別に存在するあくまで独自の“テクノポップ”の始祖なのである。 同じく 80年代を起点とするテクノアーティスト「電気グルーヴ」(前身バンド「人生」)などと決定的に異なるのもそこだ。電気グルーヴのライヴではステージ上の彼らをスポットが照らすことはまずなく、またオーディエンスがステージを注視する構造でもない。会場はたいていオールスタンディングで、空間の共有という一点以外は参加者の振る舞いは自由。踊るのも自由、バーカウンターへドリンクを取りに行くのも自由だ。クラブサウンドの特徴のひとつは、これまでのロックのスターシステムを否定したところから出発しているところでもある。 それは己の貧弱な自我の発露に汲々とするアーティストに 21世紀はないという無意識の宣言でもあった。これまでのロックスターによるショービジネスは、演者と観客が共通の符丁を共有して一体となり、互いの役割を演じることで熱狂と陶酔と興奮と感動を共有するシステムであり、それはかりそめのカリスマを生み出しもした。

先日解散した日本のビジュアル系ロックバンド「LUNA SEA」のラストコンサートでは、ワイドショーで活躍する中年女性レポーターが感動で目を赤く腫らしてレポートしていたけれど、そのテレビ映像は異常だった。メンバーが(ファンという安全な観客の埋め尽くす)客席に投げる感傷的な歯の浮く台詞も異様だけれど、それに熱狂する観客も異様だった。それは良質な音楽やパフォーマンスに触れたときの感動とはほど遠い、閉じた円環の中の一過性のヒステリーだった。
しかしこれが立派なビジネスとなってくると、ライブコンサートの多くは表現とは別のタレントショーになった。高級なアーティストに憧れる俗悪な自我の陳列と、表現の質を見極める感受性とインテリジェンスが欠落した観客による共犯関係がビジネスとして成立するとこで、アミューズメントショーとして社会に認知されてしまった不幸である。

ところが平沢のこのソロコンサートは「インタラクティブ・ライブ・ショー」とはっきり銘打たれたアミューズメントショーなのである。80年代のニューウェイブ黎明期に、音楽表現のエッジ部分でヒリヒリする緊迫感のなかで P-MODEL を開始し、アーティスト活動を行ってきた平沢は、音楽とテクノロジーの可能性を一貫して追及してきたように思える。それは筑波博の「TV WAR」以来の坂本龍一がインターネットライブなどで試みてきたアート&テクノロジーの実験とも重なってみえる。ロックミュージックの虚構のスター性と、RPG(テレビゲーム)やインターネットという現在のカジュアルなテクノロジーをモチーフに、ステージで自ら道化のようなカリスマを演じる滑稽さは、僕も含めた外部の観客には正直笑いを誘うものだった。しかしその反面、あまりに現状に即したテクノロジー環境の描写とそのショーとしての提示には空恐ろしさもまた感じ取れる。
テクノポップのオリジネーター、筋金入りのアミーガ使い、インタラクティブ・ライブという独自のコンサート形式、ネットを介したコラボレーション、積極的なウェブ展開、ネット音楽配信への黎明期からの試みなどなど……、これらは“新しモノ好き”のトレンド戦略とはまったく別種の業の深さでもある。かつての一握りの(良質な)ファンを維持しながらも、アニメファン、ゲームファン、CGマニアといった濃ゆいオタク(?)を巻き込みながら、新たなファンを獲得する様はどこか悪食的なモンスターじみている。円環はどんどん閉じて行くように見えて、その中心で捻れて拡散している。

アンコールの際に、僕の座った2階席で何かが弾けたように絶叫する女の子がいた。招待客やプレス関係者の多いいわばスカした客の固まるいやらしい一角で、一人椅子から立ち上がって髪を振り乱して絶叫し踊り狂う様は異様だったが、彼女は大江戸線の中で見たイッセイのプリーツワンピースを着た女の子だった。

Text: Jiro Ohashi from E-Regular

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