手塚治虫「火の鳥」展

HAPPENINGText: Sébastien Raineri

太平洋戦争中に形成された手塚の少年時代は、彼のストーリーテリングに深い影響を与え、生物学、変態、生命の本質への永続的な憧れにつながった。昆虫、変態、自然のサイクルに対する彼の初期の情熱は、後に彼の漫画の哲学的核心を形作ることになる。


「COM」創刊号表紙 © Tezuka Productions

『火の鳥』は1954年(昭和29年)、学童社の『マンガ少年』に黎明編を連載して誕生した。その後、少女倶楽部、虫プロダクションの「COM」など様々な雑誌で連載された。時系列はキリスト以前から西暦3000年以上、物語の舞台は邪馬台国から宇宙の彼方までと、時空を超えた連作叙事詩となっている。第1章では、この複雑な物語構造を明らかにし、物語の舞台となった時代背景とともに時系列に沿って解説する。


第2章 読む!永遠の生命の物語より © Tezuka Productions

第2章では、『火の鳥』の各編の相互関連性を探り、手塚がいかにして過去と未来をひとつの物語に織り込んだかを浮き彫りにする。スケッチやアートワークから、未完の傑作の進化したビジョンを明らかにする。この章では、多くの貴重な原稿が展示される。物語を牽引する不死鳥は、人類の過去と未来を常に見守る存在として描かれ、その血を飲めば不老不死になれると信じて生にしがみつく人間を翻弄する。いったい不死鳥は何を象徴しているのだろうか?


第2章 読む!永遠の生命の物語より © Tezuka Productions

1989年に手塚が他界した時点では、『火の鳥』は未完のままであり、最終的な結末は謎のままである。この展覧会では、手塚の著作やテーマの糸からヒントを得て、サーガがどのような結末を迎えたかを観客に推測してもらうこととした。手塚の娘である手塚るみ子は、手塚の遺産を守りつつも新しい観客のために進化させることの重要性を強調している。「『火の鳥』は手塚治虫そのものです。外部からの影響を受けず、最も個人的な作品であり、彼の無限の創造性の証であり続けています」と彼女は述べている。

展覧会の最後には、福岡伸一と現代美術家の横尾忠則が『火の鳥』について語り合うインタビュービデオと、『火の鳥』にインスパイアされた横尾の作品が展示される。

1989年に亡くなった後も、手塚作品は世界中で研究され、翻案され、崇拝され続けている。親しみやすく、視覚的に魅惑的な物語の中に深遠な哲学的問いを盛り込む彼の能力は、今も比類ない。彼の革新は、宮崎駿や浦沢直樹のような著名なアーティストやクリエイターの後世に道を開いた。1960年代に設立された虫プロダクションは、日本のアニメーション業界を開拓し、国内外に影響を与えた。彼は日本のポップカルチャーを再構築し、マンガを芸術の域にまで高めた先見の明の持ち主だ。彼の遺産は、彼が描いた不死鳥のように、読者やクリエイターの世代が変わるたびに生まれ変わり続け、その影響力は決して衰えることはない。

手塚治虫「火の鳥」展 -火の鳥は、エントロピー増大と抗う動的平衡どうてきへいこう宇宙生命コスモゾーンの象徴-
会期:2025年3月7日(金)〜5月25日(日)
開館時間:10:00~22:00(最終入館21:00)
会場:東京シティビュー
住所:東京都港区六本木 6-10-1 六本木ヒルズ森タワー52階
https://hinotori-ex.roppongihills.com

Text: Sébastien Raineri
Translation: Trois Ono

【ボランティア募集】翻訳・編集ライターを募集中です。詳細はメールでお問い合わせください。
MoMA STORE