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ザーネ・メルペ

PEOPLEText: Hiromi Nomoto

キッチンのこのシリーズは私が今発展させているものです。魚や肉の写真を撮り、そのネガを焼き、プリントします。例えば皿の写真を撮り、その写真を皿に戻します。昔の話ですが、人の写真を撮ると、その人は心を奪われると考えられていました。私はモノの写真を撮り、それをまたモノに返すということをしています。

ベッドルームの作品は全て歪んでいます。私は人がどう考えるかを考えるのが好きだからです。自分がどう考えるかも考えます。物事に対する態度の変化を見たいのです。以前起こった事柄は、時間が経過してから考えるほど違うものになります。

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展示のオープニングで、ある女性が裸のような格好でいたことにあなたは気付きましたか?5種類の衣装を用意しました。ほとんどの人は意識していなかったと思います。今回の展示で、私自身を撮影した作品があります。裸のものもあります。そこには感情があります。

作品はあなたの背景とどのように関わっているのですか?

以前、私の小さい頃に起こったことが関わっています。あなたはどうして今嬉しいと感じるのだと思いますか?それは小さいときの嬉しいこと、それをまた意識するからです。例えば、私がなぜ緑色が好きなのか。緑を見たときにそれを心地良いと感じます。それは幼い頃に、祖母が緑の服を着せてくれたから。心地良く、誰かが緑の服を着ていると親しみを覚えます。これらは自分がどう考えるかなのです。私は記憶の中にあるもの取り出し、それに名前をつけます。

あなたはラトビア出身ですね。ラトビアのアートの状況はどのようになっていますか?教えて頂けますか?

油絵のアーティストが多いです。それから、新しいメディアを使ったアーティストの作品で面白いものもあります。ラトビアのアーティストの多くは国外で活動します。市場が小さいため、アーティスとして活動するのが難しいのです。

現在もっとも興味深いのが「kim?」です。首都リガで活動をしているアート機構です。様々な概念の展示や研究討論会、ヨーロッパの講師を招いたり、こちらから講師を送り出したりといったことをしています。「kim?」はラトビア語の「Kas Ir Maksla?」の略で、「アートとは何か?」と言う意味です。

私も上海で他の二人のラトビア人アーティストと一緒に展示を行いました。

なぜ中国にやってきたのですか?またそのことであなた自身に変化などありましたか?

14歳のときに日本語の勉強を始めました。“俳句”や文字を美しいと思い、興味を持ちました。その後漢字はもともと中国から来たのだと知り、中国語を勉強し始めました。そして上海にやってきて、戯劇学院で演技の監督や中国文学を勉強しました。そしてイギリスで2年間大学院に通い、その後上海に戻り、アイランド6に。そこで彼らと一緒に、電気関係の作品をつくっていました。

中国は複雑な国です。各方面、それぞれ違った経験をすることができ、その感触があります。同時に、違う材料を実験することができるので、それにより新しいものが生まれます。

私は以前ずっと写真を撮っていました。まず自分を観察していましたが、自分のことだけではなくなりました。もしあなたがずっと自分を見ていたら飽きるでしょ?様々な方法で外の出来事を観察しました。自分を撮影しても、自分自身のことというわけではありません。

中国で活動することで困難なことはありますか?それはどんな部分ですか?

中国で外国人がアート活動をするのは少し難しいと思います。なぜなら、人々が関心を持つのは中国のアーティストだからです。中国には様々な国のアーティストがいますが、多くのギャラリーは彼らの展示をあまり望みません。コレクターは中国人アーティストの作品を求めます。このことは外国人アーティストにとって困難なことです。現在、状況は少しずつよくなってきています。

上海にあるOVギャラリーは外国人アーティストを支持しています。これらいくつかのギャラリーは勇気があります。多くの人がここにやってきて、長い間留まります。私たちはそれぞれに違った考え方を持っています。それを一緒にして交流することに意義があります。そこからお互いに理解することを学びます。

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