アンセム・マガジン
THINGSText: Reto Caduff
ニューヨークには、種類が幅広く質の高い出版物が沢山あるのだが、私が住む西海岸は、残念なことにその数が少ないのが現状だ。サンフランシスコでは良い雑誌がいくつか発行されているようだが、ロサンゼルスはまだまだ未開の地らしい。これは悲しい現実だ。街にはいろいろなものが溢れているのに、これではあまりにも報われないではないか。ちょっと昔を振り返ってみると「グランド・ロイヤル」という雑誌があった輝かしい時代が思い出される。これは、ビースティ・ボーイズが発行していた雑誌なのだが、第2号目辺りで廃刊になってしまった。最近はどうかといえば、「フラウント」という雑誌が出回っている。これは、ちょっと風変わりなスタイルの雑誌で、思いがけないものをミックスして紹介しているのがおもしろい。でも、クールに見せようとし過ぎているのがたまにキズ。それが上手く読者の心をヒットする時もあれば、ピクリとも当たらない時もあるのだ。
だから今回、このシフトを通して、すごく新しいわけではないけれど、入手困難な雑誌「アンセム」を紹介できるのは、私にとっても嬉しい出来事だ。
私がこの「アンセム」を見つけたのは、サンフランシスコにある小さな売店でのこと。「ANTHEM(賛美歌)」という文字がまず最初に目を引き、最小限のデザインと洗練された演出が、本棚の中で際立っていた。「アンセム」がここ最近のアメリカの雑誌界の中で一番の雑誌だと誇張しているのではない。この雑誌の本部がハンティングトン・ビーチという、ロスから南へ少し行った小さな港町にあるという事実が、「アンセム」を更に不明瞭な存在にし、興味をそそるではないか。発行は年に4回。編集長でクリエイティブ・ディレクターでもダスティン・A・ビーティーが総指揮をとっている。毎号ひとつのテーマに沿ってコンテンツは展開。ちなみに第8号はロサンゼルスについて。最新号の第9号では、パリが取り上げられている。
『地元の今のライフスタイルにおける、フレッシュな情報を読者に届けること。バンド、DJ、アーティスト、デザイナー、スケーター、その他様々な活動を行っている人たちと連係を結び、ユニークなコンテンツを提供することが私達の目標です』とは、この「アンセム」誌自身が設定した任務だ。
この記事を読んでくれている人の中に、自分だけの素晴らしい内容を紹介した記事のリストを、頭の中に作っている人はいないだろうか?(もしかしたら、私のようなジャーナリストだけのことかもしれないが)私のリストは、とてもこの「アンセム」のコンテンツと似ていたりする。例えば、ライアン・マクギネス、バッドリー・ドローン・ボーイ、アモン・トビン、ロブ・スウィフト、マイク・ミルズ、ジェフ・マックフェトリッジ、エド・テンプルトン、キャット・パワー、オス・ジェメオスなどについての記事は、私のお気に入りだ。かなり折衷的なコンテンツのミックスは、ヒップホップ、スケート、それにサーフィン・カルチャーの中で衰退した存在であり、そういったカルチャーはまた、南カリフォルニアでは過去30年の間に発展してきたものだ。
「アンセム」を読んでみて一感銘を受けたのは「基本に戻ろう」という精神だ。デザインにおいても、写真やイラストについてレポートする時でも、常に基本に戻るという姿勢。それが意識的に、今日多くの出版物に見られるような、知覚的な過重負担を防いでいるのだ。テレビや音楽ビデオと張り合おうとせずに、質の良い興味深い記事、クールな写真、余白が沢山ある中の素敵なタイポグラフィーだけを忠実に守っている雑誌こそ、良い雑誌と言えるのではないだろうか。編集長のビーティー氏や彼のスタッフ達は本当に良い仕事をしていると思う。しかし、この雑誌の認知度がさほど高くないのが悩みの種だとか。私の予想するところ、それはお金の問題に違いないのだが、この記事を通じて、少しでもこの雑誌への注目が集まることを切に願いたい。
Anthem-Magazine
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Text: Reto Caduff
Translation: Sachiko Kurashina