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今敏「パーフェクト・ブルー」

THINGSText: Allen Shibusawa

例えば、映画「タイタニック」を観に行くとしたら、予備知識はどれくらい必要なのか? せいぜい監督はジェームズ・キャメロンで主演はレオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレット、それくらいなものだろう。誰がキャスティングをして誰が美術をして誰が制作したのか…。そんな問題は一般市民には関係の無いことであり、ましてや異性と連れ立つふたりには尚のこと関係の無い問題なのである。詮索好きで議論好きな観客は居てもいいだろう。ただ、そういった一部の人間に独占を許すことはない、それは「パーフェクト・ブルー」にとっても同様なのだ。

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昨年のエヴァ現象からインターネットを通じ、互いの意見を交わすことの多くなったアニメフリークたちはこの「パーフェクト・ブルー」も、エヴァと同じプロセスを踏んで行くことになる。先行的に公開された東京ファンタスティック映画祭に詰めかけ、その内容についての議論が為される中、インターネットユーザーには少なからぬ誤解も生まれたことだろう。『この映画はオタクたちのアニメなのか?』と。

かく言う自分もその一人だった。日本だけでなく世界に於けるビッグネーム、大友克洋も名前を連ねている。キャラクター原案に江口寿史。ことアニメに興味の無い人間でも知っているふたりだ、相当すごいアニメなのだろうかと思うのは当然の成り行きだ。身構えて観に行かざるを得ない状況に追い込まれてしまったのは、不幸と言うしかないだろう。

案の定、単館系の小さな映画館は安易に想像できるオタクたちでいっぱいだった。が、中には最新のシブヤ系モードで身を包んだ女性の姿も見えた。それは例えば大学に点在する“一見普通で実はコスプレオタク”ような人間では無い。僕はそういった人間を大学内で何人も知っている。なぜ彼女はこの映画を観に来たのか。これが「タイタニック「だったら、レオナルド・ディカプリオを観に来たのだろうと納得できる。しかし「パーフェクト・ブルー」にはディカプリオどころか、生身の人間一人も出演していない。アニメだから当然と言えば当然だが、いわゆる美少年キャラすらもこの映画には出てこない。主人公は未麻、元アイドルで女優の卵という江口寿史的美少女…。

ジャンル分けをするとすれば、公式的にはサイコ・サスペンスと言うことになる。いたずらにオタクごころを刺激するような作為的なキャラも存在しない。サイコ・サスペンスなのである。上映が始まり、ようやく僕はこの映画の正体を垣間見た気になった。

一般映画制限付き、俗に言うR指定映画である理由はスプラッタ的要素や劇中劇(?)で起こる強姦シーンなどに拠るものだろうが、ごく普通の映画体験をしてきた人間にとって、アニメでのスプラッタは新鮮に写った。オリジナルビデオアニメ、OVAなどで見られることはままあるが、劇場公開作で観ることは記憶にあまりない。さらに恐怖を倍増させるのが『このシーンは現実なのか、それとも未麻の夢の中なのか?』という観客側の迷いである。積み重ねられてゆく現実、非現実の重なり方は細かく、そして時に大胆に、時に観客が気付かないところで行われている。手法としてはスタンダードかもしれないが、綿密に計算された積み重ね方である。しかも観客は、最後の最後までどこが現実でどこが彼女の夢の中なのか、はっきりと知らされないままなのだ。この言い方に語弊があるとすれば、繰り返しになるが、観客自身、本当にこれが現実のシーンなのかと迷うのである。その迷いこそがサスペンスという理由なのか。それでも、ラストシーンには爽快なものがある、不思議な映画なのである。

大友克洋は「パーフェクト・ブルー」のフライヤーにこんな言葉を寄せている。『アニメーションの進化はデジタル化ばかりでなく、本来のエンターテイメントに向かっているのです…』このメッセージは真実であると、観客の一人である僕は思う。それ以外に言葉は無いだろう。そして、オタクたちに独占を許すことはない。劇場に足を運び、自分自身の目で確かめてみるべきだろう。そして「パーフェクト・ブルー」というタイトルの意味も。

PERFECT BLUE
1998年 / 日本 / 82分
監督:今 敏
声の出演:岩男潤子、松本梨香、辻親八、大倉正章
企画協力:大友克洋
キャラクター原案:江口寿史
制作:マッドハウス
制作・配給:レックス・エンターテイメント
http://www.madhouse.co.jp

Text: Allen Shibusawa
Images: © 1997 Rex Entertainment Co., Ltd.

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