兼松佳宏

PEOPLEText: Chiho Araki

「beの肩書き」という考え方に出会い、実際に人生が豊かになった方のエピソードはありますか?

いろいろあるのですが、本の中にも出てくる河原尚子さんのエピソードが特に印象的ですね。SIONE(シオネ)というブランドの器作者の方なのですが、河原さんにとっての「beの肩書き」は、「10,000代目」だったんです。「beの肩書き」は、シンプルなものが多いですが、本人にとってはものすごく特別な響きのある言葉になるのが味わい深いですね。この「10,000代目」という言葉は、トークイベントにお呼びしたその日に「降りてきた」そうです。

京都で六代(330年)続く陶芸一家の家系の河原さんは、お兄さんが釜を継ぐことが決まっていて、それがひとつの発奮材料となって、有田焼と京都の清水焼を混ぜたような誰もやったことがないブランドを立ち上げた方です。河原さんは、変に家のことを気にしすぎ、「継ぐ」という言葉に自分で蓋をし、「初代」という言葉を常に意識し続けていた。それが、時が経つにつれ、継ぐ・継がないから自由になり、この変化が「10,000代目」という言葉として結実したんです。

別の方では、コミュニティをつなげる人という意味で、「ハンバーグのパン粉」というbeの肩書きを名刺に入れてる人もいるようです。言葉のセンスはひとそれぞれでいいなあと思っているのですが、いちばん大切なのは本人が名乗ってて楽しいとか、名乗らなくても自分にとって特別な意味があるとか、そういうことだと思います。


SIONE(シオネ)河原尚子の「beの肩書き」© Natsumi Kinugasa / Evertale

「beの肩書き」に出会って人生が良い方向にいってる人がいるのは嬉しいですね。やはりみなさん自分と向き合う時間がないのでしょうか?

むしろ自分と向き合いすぎて袋小路にはまってしまっている、という方もいるのかもしれません。結局、どんな心で、どんな環境で向き合うか、という方が重要だと思うんです。心の問題でいうと、僕が好きな弘法大師・空海は、「満月のような心で世の中を見よう」と言っています。月は本来は真ん丸なのに、光の当たり方によって三日月にもみえる。でも、真ん丸なのは何も変わっていない。それなのに三日月のような心で世の中を見てしまうと、マイナス面ばかり目についてしまいます。そういう心を落ち着かせて、じっくり自分と向き合うために、いわゆるマインドフルネスが必要ですが、それだけでなく、他者の力を借りることも大切です。「beの肩書き」でも、誰かに自分のことを言い換えてもらって、自分のフレームをいったん外してみること、を推奨しています。他者との交わりから、自分を知っていく。その経験が一度でもあると、自分を満月な心で見る見方もできるようになると思っています。

「beの肩書き」が見つかったら、ぜひ『わたしの仕事は、「勉強家」』というふうに唱えてほしいなと思っています。いつだってそうなれるわけではもちろんないけれど、満月であることを知っていて、そこに戻れるためのおまじないみたいになれたら最高です。

自分と向き合う時間はないのか、という質問に戻ると、誰かにちゃんと話を聞いてもらう時間の方が、世の中には足りていないんだと思います。

生き方の本、心理学の本、場作りの本だったり、本を作るにあたり参考文献が色々ありましたが、普段はどんな本を読みますか?

いまは『理趣経』など空海関連の本を読み直しているところです。4色の付箋が貼られているのですが、色によって読んだ時期が違っています。同じ本を5年くらい読み続けているのですが、読む度になぜここを読み過ごしていたのだろうと気づきがあったりするのが嬉しいですね。

あとは言葉遊びをいかしたワークショップをデザインしたいと思っていて、ジョルジュ・ペレックというフランスの作家の本やレトリック、メタファー、オノマトペの研究を追いかけています。
断片的な知識がつながって「beの肩書き」に結実したように、一石四鳥くらいになるような本を選ぶようにしています。

空海は兼松さんにとってどういう存在なのでしょう?

最大のロールモデルですね。空海が現代に生きていたら何をするだろうか、という問いを持っていつも生きているような気がして。実はそのひとつの僕なりの答えがグリーンズだったんですが、空海が55歳のときに綜芸種智院という庶民のための学校も作ったりしたので、僕もいつか学校を作りたくなるのかもしれません。

「beの肩書き」は続編を匂わせる終わり方でしたが、書籍第二弾の予定はありますか?

今年中には、春秋社のウェブマガジンで連載させていただいている「空海とソーシャルデザイン」の本を刊行できたらと個人的には思っています。そのテーマは、菩薩道によって導かれた、ソーシャルデザインを成功に導く〈5つの力〉というものなのですが、「beの肩書き」もその中の一章にすぎないんです。それに続けて、40代をかけて「beの肩書き」以外のワークショップの内容を書籍化できたら最高ですね。
空海の40代は主要な著書を世に出し続けた10年なので、それに倣ってみようと思っています。


beの肩書き: 「人生の肩書き」は、プレゼントしよう
著: 兼松佳宏
定価:本体1,000円(税別)
発行:2018年11月14日
発行人:鈴木菜央
発行所:グリーンズ出版
印刷・製本:シナノ印刷株式会社
編集:杉本 恭子
装丁・本文デザイン・DTP:根本真路
イラスト:深川優
編集協力:盛岡絢子
ISBN:978-4-9910567-0-3

Text: Chiho Araki

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