アート・ドバイ 2011

HAPPENINGText: Mamiko Kawakami

5つ星ビュッフェと次々と注がれるシャンパン、ギャラリー内までも追って来る惜しみないデザートやスナックに溢れる中東最大のアートフェア前夜祭は、他に例を見ない華やかさだ。アート・ドバイの前夜祭、フェア開幕前のこの夜に、注目の高額アート取引がほぼ全て成立する。

『これはいくら?妻が気に入ったので買いたいのだが』あるギャラリーのスタッフに、来場者の一人がわざと周りに聞こえるようにと思える大声で聞く。『1万ドル(約80万円)です』スタッフはさらっと答える。

それも無理はない。この前夜祭ではあちこちのブースで、一作品日本円で約1千万円以上という値で次々買われる。 ドバイ(Dubai)という都市のニックネームは、その発音を変えずにDo-buy(買って!)と言われる。こんな街でのアートフェアは、アートとビジネスが密に絡み合いまさにユニークなものだ。

ART DUBAI 2011

3月16日から19日に行われた第5回アート・ドバイは、昨年よりかなり進化したと来場者・ギャラリーから絶賛を受けた。会場もこれまでと同じマディナット・ジュメイラ、ドバイの各ギャラリーに加え、今年は近隣のドーハ、バーレーンやアブダビも加わった。

Jumeirah%20Patrons%20Preview%2C%20Courtesy%20Capital%20D%20Studio%202011.jpg
Jumeirah Patrons Preview. Courtesy Capital D Studio, 2011

『アラブ首長国連邦は、間違いなく“アート虫”に刺された!』とアート・ドバイの新ディレクター、アントニア・カーヴァーは、その盛り上がり様を地元紙・カリージ・タイムス新聞に話す。

Dirimart%2C%20Art%20Dubai%20%2C%20Courtesy%20Capital%20D%20Studio%202011.jpg
Dirimart, Art Dubai. Courtesy Capital D Studio, 2011

何百以上もあった応募から選りすぐりの82ギャラリー(34カ国)が今年のアート・ドバイに出展。その3分の1が中東から、他3分の1はヨーロッパ、残りはアメリカ・アジアからのエントリー。12以上の出展ギャラリーが、今年のアート・ドバイが初めての中東進出。

60の有名美術館関係者と2万人を超える来場者数を記録、うち海外からの来場者は昨年比30%増。

Lucy%20Mackintosh%2C%20Lausanne%2C%20Photo%20by%20Charlie%20Koolhaas.jpg
Lucy Mackintosh, Lausanne. Photo by Charlie Koolhaas

『アート・ドバイは単なるアートビジネスのイベントではない。来場者が参加できるワークショップやアーティストによるツアーも企画されている。今年初めてDXBリテールストアーというコーナーを設け、イベント限定デザインのドバイ土産にぴったりのアートも販売されている。』とディレクターのカーヴァーは語る。

アートとお金、この切っても切れない縁はアート・ドバイでより明らかなものとなる。イベント後のレポートでは、3,500ドルから15万ドル(約30万から1,200万円)もの高額を付けた作品が数々あったとの事。

ドバイのトラフィック・ギャラリーでは出展の40作品が合計で10万ドル(800万円)以上の売上を記録。その出展作品一つは、サウジアラビアのアーティスト、アハメッド・マテールの「Evolution of Man series(人類の進化シリーズ)」。
今年の高額作品ランキングに入るこの作品は、開幕前にサウジアートコレクターが3万ドル(240万円)で購入。

1.Evolution_Of_Man.jpg
‘Evolution of Man’ by Ahmed Mater, 79.2 x 59.4 cm, 2010. Courtesy of Ahmed Mater

『私にとってより重要なのは、価格ではなくこの作品を買ったコレクターだ』とマテールは語る。『より多くのサウジ人が、この作品の様にデリケートな問題に対し強いメッセージを発しているようなアートをコレクションとしている事は素晴しいと思う。』

「Evolution of Man」 シリーズはガソリンポンプが頭に銃を当てた人間に変化していく4枚の写真からなる。この奥が深い作品には実に考えさせられる。『この作品が発するメッセージは一つだけではない。それぞれがそれぞれのメッセージを感じて欲しい』とマテール。

サウジアラビアでは、自殺は重罪、ダーウィンの進化論は異端とされる。それに対し、サウジのブロガー、アハメド・アル‐オムランは『マテールは進化論を信じている。だが、彼にとっての進化論は、適応者の生き残りという意味ではない。進化は時には絶滅をももたらす』と語る。

サウジアラビアは、80年前の建国直後の石油の発見から目覚しい変化を遂げた。オイルマネーは、小さな漁村からなる王国をわずか数年間で世界トップレベルの裕福な国にした。サウジ国民の生活にもその変化は極端なものだった。小さな農村に生まれ、アーティストである傍ら医学を学ぶマテールも『今はこの不気味な石油文明の息子なんだ』と言う。

そう感じるサウジ国民は彼だけではないはず。『オイルマネーは国の施設やインフラを整えた。がそれは必ずしも国民の知性を深め、考えを現代化する為に使われたわけではない』とサウジ・ジーンズのブロガー、アル‐オムランは語る。

もともとこの作品のタイトルは「Evolution of Man, What Darwin Didn’t Know(進化論、ダーウィンの知らなかったもの)」だったそうだ。

2.Shukran2.jpg
‘Shukran’ by Farhad Moshiri, 2011

アート・ドバイ前のある日、あるイラン人の若者がドバイのあちこちの店で袋いっぱいのナイフやおもちゃの刀を買って行った。店員はちょっと不可解に思ったかもしれないが、この男性が著名イラン人アーティスト、ファルハド・モシリだった。

2.Shukran3-thumb.jpg
‘Shukran’ by Farhad Moshiri, 2011

集められた数知れないナイフやおもちゃの刀は、サード・ライン・ギャラリーの壁一面に用意された白い木製カンバスに突き刺された。ランダムにも見えるそのナイフの列はアラビア語で [Shukran](ありがとうの意味)と綴られている。

鋭利で人をも傷つけ得るナイフや刀で温かい言葉を綴る。このコントラストがまさにモシリの狙いだろう。『直感で作品の素材を選ぶ』とモシリ。『ナイフが使われて作品に鋭さが出る。その対照的なアイデアが好きなんだ。ドバイはいつも私の作品を支援してくれ、出展は非常に満足のいくものになった。』

モシリは中東のアンディー・ウォホールとも言われ、ドバイのオークションで彼の作品が100万ドル(約8,000万円)で売られたこともある。

今年のアート・ドバイには、特別なコンセプトを持ったブースもあった。今年のエジプト革命に参加したアーティストを数多く持つ、アートスペースだ。このドバイをベースにしたギャラリーは、アート作品展示に加え、タヒリール広場のデモのドキュメンタリービデオを上映。

『エジプトのデモにはあらゆる職業の人々が参加した。』アートスペース創設者・責任者のマリハ・アル‐タバリは地元新聞に同ギャラリーのコンセプトを次のように説明する。『アート・ドバイではぜひ政治事情を取り上げたブースを作りたかった。この厳しい情勢下で人々の興味は単にいわゆる綺麗なアートだけに留まらないだろうから』と。

3.Zakaria_Ramhani.jpg
‘Bye Bye Hosni’ by Zakaria Ramhani, Acrylic on Canvas, 200 x 240 cm, 2011. Courtesy of Artspace Gallery

モロッコ人アーティスト、ザカリア・ラムハニの「バイバイ 、ホスニ」は、エジプトの前独裁者ホスニ・ムバラク大統領の街頭ポスターがアラビア語のグラフィティで覆われ、それをフェイスブックの「いいね」ボタンTシャツを着たデモ参加者がはがしているという面白い作品。

同ギャラリーには、エジプトのデモでゴム弾に当たり片目を失明してしまったアーティスト、モハメド・タマンの作品も展示された。その他にもタヒリール広場デモに参加したエジプト人アーティスト、ナディン・ハマンカリッド・ハフェズの作品もみられた。

政治情勢をテーマに掲げたこのブースへのビジターの反応はとても良かったとのアート・ドバイ関係者の話。 『今年のアート・ドバイは、この様な中東ほぼ全域に渡る不安定な情勢下で、意図せずとも今までと全く違うアプローチになった。』とアートスペースのアートディレクター、ソッシー・ディキジアンは答える。ディキジアンによれば、ビジターはその全く異なるスタイルのコレクションに大いに関心を示した。『アーティストにとって、この情勢に対し感情を表現する事は重要な事。特に中東地域は検閲が厳しい。今表現しなければ二度とチャンスはない、というようなアプローチだった。』とギャラリーの決断を語る。『革命に自ら参加したアーティストを多く抱え、ギャラリーとしてこのコンセプトを掲げてブースを出すことに全く異存はなかった』と。

アートスペースに展示の作品のほとんどが、アート・ドバイオープン3週間前を切ってから作られ、その開幕当日に会場に届けられた。アーティスト達は中東の政情不安定を作品に組み込みたかったからだ。『だから想像がつくと思うが、作品を宣伝する時間も全くなかった』とディキジャンは語る。

またディキジャンは『中東アートは変革を遂げており、アーティスト達は、いよいよ箱の外を考え始めている』と指摘する。あわせて中東のアート市場も拡大しつつあり、人々も教養を持ちそれぞれが研究した結果、様々な形式のアートを受け入れる様になってきた。

アート・ドバイ初回、2003年にはドバイからの出展はアートスペースを含め3ギャラリーだけだった。ドバイの開拓ギャラリーとして非常に重要な役目を果たしたその後、同ギャラリー5年連続の出展を通して見たアート・ドバイの進化を、アートディレクターのディキジャンはこう語る。『今年はたくさんのトップコレクター、評論家、世界各地の美術館長が来ていた。』『以前は中東のアートシーンはその地域内だけに注目していた。でも今では、世界が中東のアートシーンに注目している。今年のアート・ドバイが良い例。』と、このイベントが中東と世界のアートの交流点となっている事を指摘する。

4.Nadim_Karam.jpg
‘Enlightenment’ by Nadim Karam, 200 x 360 cm, Mixed Media on Canvas 2010. Courtesy of Ayyam Gallery

アヤム・ギャラリーもまた世界的スポットライトを浴びている国からの出展。2006年にシリアに一号ギャラリーを設立してから、アヤムギャラリーは現在ドバイ、カイロ、ベイルートとその拠点を広げている。地域一体の反政府ムードが高まる一方で、レバノン人アーティスト、ナディム・カラムの「エンライトンメント(悟り)」はユートピアを描いている。カラフルな生き物の上に2人のキャラクター。これは現代社会にかわるがわる現れる、現実と非現実要素を描いている。

5.Antonis_Donefjpg.jpg
‘Untitled’ by Antonis Donef , Ink On Paper Laid Down On Canvas, 2011. Courtesy of Kalfayan Galleries

海外ギャラリーのリピート出展も多く見られた。カルファヤン・ギャラリーは、今年のアート・ドバイ唯一のギリシャからの参加で今年で5年目の出展となる。同ギャラリーはギリシャという東と西の架け橋的地理を活かし注目を浴びた。『その架け橋的存在がギリシャのアートシーンを特徴付けている』とギャラリーマネージャーのユリ・カラツィキは語る。『今年のアート・ドバイでは、様々なバックグラウンドを持つアーティストやいろんなメディアを使ったアートを紹介したかった』と。

5-2.Antonis_Donef.jpg
‘Untitled’ (detail) by Antonis Donef , Ink On Paper Laid Down On Canvas, 2011. Courtesy of Kalfayan Galleries

なかでもアントニス・ドネフの作品。彼の微細なモザイク調の作品に、来場者達は作品に鼻が付く位まで引き寄せられていた。ギリシャやアラビア語、英語、ドイツ語、フランス語、中国語などあらゆる他言語の百科事典や本からの切抜きページを使って、“知識の再構成”をイメージした。彼のパッチワークは、現代社会に溢れる情報にはそのまた奥にストーリーがある事ほのめかしている。また、この作品は若いギリシャ人アーティストである彼自身の知識の記録でもあるとか。

パリから参加したギャラリーL.J.は、今年のアート・ドバイが初出展。ギャラリーディレクター、アデリン・ジュディは彼女自身の中東との深い関わりが同ギャラリーを出展に導いたと言う。『中東のアート市場の可能性には強い期待を持っている』と語る。

6.Swoon.jpg
‘Cairo Woman’ by Swoon, Hand-painted blockprint on Mylar, 200 x 140 cm, 2010. Courtesy of Galerie L.J.

このギャラリーで、たくさんの注目を集めたのはスウォーン。これまでに出会った人達の実物大肖像画を版画と切り紙で作り上げるアメリカ人女性アーティストだ。

展示の「カイロ・ウーマン」は、彼女の新興国を巡る旅プロジェクトの一環としてエジプトの首都カイロを訪れた後で作られた。スウォーンはこれまで約10年に渡り、ニューヨークのあちこちの通りに彼女の作品を残している。また、アメリカの数多くの美術館やロンドンのテート・モダンでも彼女の作品が展示されている。ストリートアートはまだほとんどないドバイだが、アート・ドバイでは人々の興味はあるという事がはっきりした。『ドバイでこんなにたくさんの人達がスウォーンについて知っていたなんて思わなかった。』とジュディは言う。

このパリのコンテンポラリーアートギャラリーはアート・ドバイで大好評だった。たくさんの来場者がこのギャラリーが一番のお気に入りだと言ってくれた。全く予想以上の反響だったとジュディは語る。

ジュディ自身、カイロで住んでいた経験を通してアラブアートはその勢いを増していると感じたそうだ。『この3年間で間違いない進化を見ている』と言う。過去10年のアラブアートはアーティスト達のアラブアイデンティティにフォーカスしたものが主だったとの事。最近ではアーティスト達は海外で経験を積み広い視野を身に付け、より新しい事にオープンになった。その変化は作品をより豊かなものにしたと彼女は見る。

だが、ドバイを始め中東アート市場にはまだまだ未発達な部分があるとジュディは指摘する。アート・ドバイのコレクター達は地元アーティスト作品に固執する傾向がまだあると言う。『多分、ローカルコレクターが他にも目を向けるようになるには、更に5年から10年は掛かるでしょう。』『確かに海外ギャラリーにも将来期待できる部分はあると思う。でも、辛抱強く待つ事が必要。』アート・ドバイの出展費は、オープンしたてで資金に余裕が無いギャラリーには安いものではない。来年の出展は未定としたジュディは『アート・ドバイへの出展は未来への賭け』と言う。

7.Tomoko_SAWADA.jpg
‘Decoration/Face’ by Tomoko Sawada, Digital C-Print, 60 x 60 cm x 9, 2008. Courtesy of Connoisseur Contemporary

コノイッサー・コンテンポラリーは香港から。今年は澤田知子の有名なセルフポートレートアート「デコレーション」シリーズを展示。澤田はこの作品を通し外見と内心の葛藤を探る。

彼女の無表情な顔は、女性は従順であるべきというプレッシャーによる個性の欠乏と孤独を連想させる。 彼女のゴスロリ風衣装を着た写真の前にはスタイリッシュなデザインのアバヤ(黒く長いガウンでこの地域の伝統衣装)に身を包んだエミレーツ人女性達が集まった。写真を楽しそうに見ている人、真剣に見入る人、中には不思議でならないというような顔で眺めている女性もいてその反応は実にさまざまだった。

とにかく広く、限りない展示品の数から4日間では足りないと思う人も多かったのではないか。もちろんこのアートフェアでは多額の金が動く。が、それよりも中東のアートシーンの活性剤としての役割に期待している人は多い。ドバイもたくさんのギャラリーで賑わい、更に毎年新しいギャラリーが次々オープンしている。ドバイがアートの先端都市となる夢もそう遠くないかもしれない。

Art Dubai 2011
会期:2011年3月16日〜19日
会場:マディナット・ジュメイラ
http://www.artdubai.ae

Text: Mamiko Kawakami

【ボランティア/プロボノ募集】翻訳・編集ライターを募集中です。詳細はメールでお問い合わせください。
コントワー・デ・コトニエ公式通販サイト | 2016 SUMMER SALE
MoMA STORE