「時の宙づり — 生と死のあわいで」展

HAPPENINGText: mina

現在、クレマチスの丘にある「IZU PHOTO MUSEUM」では、写真史家であるジェフリー・バッチェン氏をゲストキュレーターに迎え、「時の宙づり — 生と死のあわいで」展が開催されている。ヨーロッパとニューヨークを巡回した展覧会「Forget Me Not: Photography and Remembrance(私を忘れないで:写真と記憶)」(2004年)の続編として、写真と時間の関係に焦点を当てた企画展だ。

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L. F.クレイマー(カンザス州チェリーヴェイル)「額に入った女性の肖像写真にかかった覆いを外す、白いドレスを着た女性」1890年頃

バッチェン氏の写真コレクションを中心に集められた写真群は、19世紀の額入りダゲレオタイプ(銀板写真)や写真ジュエリー、遺影、撮影者の影入りスナップなど、これまで美術史や写真史では語られることのなかった、非常に私的で、誰かにとって唯一無二の写真が、300点以上も展示されている。それらの写真はアート写真と区別するため、研究者により“ヴァナキュラー(ある土地に固有の)写真”と呼ばれ、時代性や地域性の慣習や影響を受けながら、個人の“生活”や“人生”に深く関与し浸透していったものだ。

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制作者不明(アメリカ)「造花のリースに縁取られた若い女性の肖像」1890年頃

館内に入ると、ヨーロッパの室内を再現したかのような赤い壁に、一部の裕福な人たちが撮影させたという“芸術ではない写真”たちが並んでいる。誰もが写真が撮れる時代ではなかったというこちらの写真の中には、1839年にダゲールというフランス人が写真を発明した2年後のものもある。銀板写真というものでダゲールが発明したのでダゲレオタイプと呼ばれている。銀メッキされた銅板の上に硝酸銀というものを吹き付け、光に当たると黒く変色する銀の性質を利用して像を得る術を、当時発見したのだそうだ。焼き増しができないので世界に1点しか存在しない。1841年のダゲレオタイプは、今回の展示で最も古い写真だ。『角度によってポジになったりネガになったりするので、着色すると比較的見やすいのです。額は当時のもので、額からも当時の人々が込めた想いが感じられます。』(学芸員)。

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制作者不明(アメリカ)「ペーパーウェイトに収められた少女の肖像」1910年頃

今回の展示で最も貴重だと言われる写真のひとつに、ダゲレオタイプのフルサイズのものがある。世界で一番大きなサイズのものだという。実際に銀板をカメラの中に入れて撮影するため、この大きさのカメラをつくらないといけなかったことから、非常に高価なものであり、バッチェン氏も今までに数点しか見たことがないというほど、貴重なものだ。銀板写真がこれほど多く展示されるのは、日本で初めてのこと。海外の美術館で実際にあったという話では、写真は化学変化なので、複数の条件が重なると化学反応で像が消失してしまい、2度と修復できないため、コレクターも美術館への貸し出しを懸念するので、これほどの点数を一堂に鑑賞できる機会は、今後おそらくないのではないかと言われているのだそうだ。

まるで現代アートかのようなそれらの写真は、若くして亡くなられたと推測される女性の肖像写真に、彼女の両親が少女の毛髪をコラージュし、それを再び額に納めるといった1930年頃のものや、赤ちゃんの肖像写真の周囲を永遠の命を象徴する花のリースでコラージュしたもの、やはり若い女性の毛髪をコラージュし、写真の周囲をロウでつくられた花々などで装飾したものなど、単なる遺影以上に、被写体への遺された者たちが抱く想いが額の中に封じ込められている。

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制作者不明(アメリカ)「銀のロケットに収められた男性の肖像」1860年頃

展示空間の中央付近にはアメリカ文化のものらしく、ヨーロッパではあまり見られないという、写真ジュエリーが展示されていた。恋人の写真などを入れるロケットペンダントのようなもの、というと想起しやすいだろうか。例えば、ブレスレット型のロケットのベルトが被写体の毛髪を編み込んだものであったり、ブローチの裏側に被写体の毛髪を編み込んだオブジェのようなものが貼り付けてあったりする。また、いつも机の上に置いて身近に感じられるようにと、被写体の心臓部に近い箇所に編み込まれた毛髪でハートをモチーフにしている1910年頃のペーパーウェイト。被写体が男性の場合には、髭のはえた当人の肖像写真とともに髭が入っているものなどが存在し、カップルの肖像写真には永遠に離れないという二人の意思を象徴するかのように、異なる二人の毛髪が編み込まれていたりする1890年〜1900年頃のもの。

他にも、携帯用のダゲレオタイプがあり、アメリカはケース入り、ヨーロッパは額入りが多いという。このタイプの特徴としては、被写体もまた、写真の中でケース入りのダゲレオタイプを手にしていることだ。バッチェン氏は、『このケース入りダゲレオタイプを見るとき、写真の中の人物もまた、同じケース入りダゲレオタイプを手に持っているため、写っている人と触覚をも共有するというような意図があったでのはないか。』と話している。そして、ケースの素材にベルベットや皮が使用されているのは、触覚に訴えるためではないかとうことが、展示から分かるのも興味深い。

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「時の宙づり — 生と死のあわいで」展 展示風景

もうひとつ、大きな見どころとして触れておきたいのは最後の展示だ。これらは、写真が誰にでも撮れるようになった時代の写真たち。共通しているのは芸術写真ではないということ。そして、一般の人たちによる写真だということだ。スナップを芸術に昇華させた写真家とも言える森山大道とアメリカのリー・フリードランダー両氏による、“撮影者の影入り写真”に挟まれ展示されるのは、多くの一般家庭で撮影された、やはり、“撮影者の影入り写真”の数々。芸術とされているものと一般的なスナップの違いはどこにあるのか。そんなテーマを込めて展示されたというこちらの展示も、撮影者の影が物語る被写体との関係性や性別、撮影時の状況など、多くの視点を呼び覚ますような見応え十分の展示構成となっている。『影というのはもちろん撮影者の影ではあるのですが、この写真を見ている今、鑑賞者の影のようにも見えます。同じファインダーを覗いてるものなので、出来事としては過去(ファインダーの先にある景色にシャッターを押されたのは過去)なのですが、同じファインダー越しの風景を現代の私たちが今、見ているというのを気付かせてくれる。写真というのは過去のものでもあるし、現在のものでもある。過去と現在。生と死。その中間に揺れ動いてるものなのではないか、というのが今回のテーマです。』(学芸員)。

世界のさまざまな文化圏における死生観や時間の概念。肖像のもつ意味。そして、写真が持つ多様性や可能性、ポテンシャルというものが、まさに“時の宙づり”が放つ存在感によって印象付けられる貴重な企画展だと言えるだろう。目の前の写真の中でこちらを見つめる眼差しは、時空を超え、鑑賞者がとらえることのできる眼差しでもあるのだ。多くの時間を経てもなお、被写体を含む写真というものが“時の宙づり”であるということを、深く、静かに説き聞かせてくれるような素晴らしい企画展に、訪れた人の多くが貴重なコレクションを公開してくれたバッチェン氏に感謝することだろう。

「時の宙づり — 生と死のあわいで」展
ゲスト・キュレーター:ジェフリー・バッチェン(写真史家)
会期:2010年4月3日(土)〜8月20日(金)
開館時間:10:00~18:00(入館は、閉館30分前まで)
休館日:毎週水曜日(祝日の場合は営業、その翌日休)
会場:IZU PHOTO MUSEUM
住所:静岡県長泉町東野クレマチスの丘(スルガ平)347-1
入館料:大人 800円 / 高・大学生 400円 / 小・中学生 無料
TEL:055-989-8780
http://www.izuphoto-museum.jp

Text: mina

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