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b.

b.アテネの街を廻り歩いてみると、街角のあちこちを彩る数多くのグラフィティに目を惹かれる。薄汚れた世紀末後の雰囲気を醸し出しながら、重なり合うテキストやメッセージ、イメージが老巧化した建物に映る。

ギリシャでのグラフィティの歴史は長い。その語源となるのは「書く」を意味するギリシャ語「Graphi」。

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グラフィティはヒップホップカルチャーの影響がより顕著になり、バンダリズムの1つの形態として広く社会で認知されるなかで、アテネにおいてのグラフィティは空間を蘇らせつつ、都市生活での自己経験を豊かにする一面も併せ持っている。

私たちは「街に生命を吹き込む」ストリートアーティスト、b.と出会った。トレードマークである黄色と黒の壁画はプシリ地区の老巧化した建物の戸口や窓枠を包み込み、建造物の建築的特徴を彼独自の創造へと取り入れてゆく。

親しみを感じずにはいられない彼の作品にはロゴとも似た簡潔さを見つけることができる。それは街を支配する広告イメージに果敢に挑むためのグラフィック要素の必要性を感じている、という彼の「そういった商業広告から空間を取り戻す」という信念に由来している。


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ストリートでのペインティングの魅力は何ですか?

白いキャンバスとの違いという点での魅力についてかな?まずこの街に住むことにしてから街の様子を調べてみた。…小さな子供達からジプシーといった人々がそこで生活をしながら、その街全体の雰囲気を作り出している。そして自分の作品がその一部を担っている。そこで生命を持ち生活をしているとも言えるかな。白いキャンバス上でも自分の頭の中のみに存在するわけでもなく、町中に生命も作り出しているとも言える。そして、それはこの街から受けたインスピレーションであり、それをこういったかたちで還元しているんだ。私は、白いキャンバスから何かを得たり、互いに影響し合ったりは簡単にはできないと思っています。


表面を見て、その面をどうキャンバスとして使いたいと思いますか?

ちょっとしたストーリー性を含んだ壁を探します。例えば、(アテネ市内にある)パキスタン人のいるプシリ地区。昔、古い理髪店があって、30年前の様子をイメージしながらそこから精彩をもらう。もしそこに小さな窓があれば、それを違ったかたちへ変換していく。私の作品は街に寄食していき、呼吸をしているんだ…ウィルスのようにね。

また、独自のやり方で建物や、そして周りの人々に映る街や建築群を変換していく。自分の街で遊べるんだ。それは壁でも構わないし、目に映った小さな穴や窓、もしくはドアをピンクにペイントしたり、小さな目を添えて大きなモンスターにしたりもできるのです。

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What remains is future, Patra Cultural Capital of Europe, Patra 2006


お気に入りのペイント場所はどこですか?

アムステルダムにバルセロナ、ロンドンにベルリンなどヨーロッパ中をペイントしてきて、特にベルリンではたくさん残してきました。どの街も独自の活気があって、それぞれの場所で多様なものにインスパイアされましたね。例えば、ロンドンには煉瓦作りの壁が数多くあって、その煉瓦を活かして、小さな階段をたくさん作って、その階段に女の子を立たせてみたり。ロンドンでは古い建築物が容易に見付かるからね。
北京は難敵だった。所構わずペイントしたい気持ちが強かったけど、同時に街のイメージを破壊してしまっている感じも強くて。とても良い経験になったかな。全く何にも手を加えたくない心境だから。これはロンドンではちっとも考えなかったことです。

好きな場所はGite(アテネ市内)。横道通沿いや、建物の裏口といった表通りに面していない生活空間。どの建築物も裏側の方がより秩序に欠けているからね。そういった想定外の場所の無秩序な雰囲気が好みです。


海外でペイントした都市は?

北京とドバイです。


ホントに?!なんて冒険的な…!

北京もかなりリスクが大きかった。やっていたことは、ほとんど非合法だったから。


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Let's Draw Trees!, Green Design Festival, Athens 2008


実際にギリシャはグラフィティにとって適切な場所ですか?また、警察は厳しいのですか?

警察はバンダリズムと捉えているから、ペイントを施す環境は決して容易ではないよ。少しずつではあるけど、この5年程の間に建物のオーナーや通りかかる人はそれほど否定的ではなくなってきた。『OK。まぁ頑張ってよ。なかなか良い感じだし』って具合にね。

彼らは、ただ名前を書き残して去るわけではなくて、何か良いことをしていると理解してくれています。


芸術性のある壁画を描く人はたくさんいるのでしょうか?それともタギングが多数を占めるのかしら?タギングはどこでも見かけるけれど。

なんでもあるよ。タギングもたくさんあるし、ここ数年は一昔前のグラフィティスタイルとは一線を画すものも見かけます。


ナチス占領時代の市民戦争の時期や1967年~74年の暫定軍事政府時代に、壁には政治性の強いメッセージが書き殴られていると読んだことがあります。

アテネには、戦時中や軍事政権下の壁に書き残った政治的グラフィティの歴史があって、主として政治的な要素を含みながら始まったことであるけれど、それは90年代に広まったヒップホップグラフィティの種とは異なるもの。思うに、80年代はサッカーチームのようにチームで描くことが多かったのではないかと。


えっ、本当に?

うん、フーリガンみたいな感じにね。


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"Missing Text" - Solo exhibition


ずっと2色だけで描いてきたのですか?

黄色と黒を使い続けてきて5年が経ちます。大多数の広告を扱う他のクリエーターと比較しながら、自分のタグをロゴと感じるようになってからは、自分の作品をブランドウィルスとして考えるようになったんです。

ボーダフォンやコカコーラのロゴに比べて、同じくらいかそれ以上に野心的なことをしたかった。ロゴにブランドカラー、その全てがブランドのアイデンティティーに帰依している。そして皮肉にも自分もそれを模倣することになったんです。自身のブランドカラーを持ちながら、人々に「多国籍企業のロゴや宗教的なシンボルから出来上がった街に生きていくことなんかできない」と伝える意味で、自分の作品も同じように目立たせなくてはならない。


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黄色を選んだのはなぜ?

注意を促す標識から黄色を選びました。以前、幾つかの作品で黄色と黒のストライプを使ったことがあって、そうやって周囲の気を引くのが好きですね。それからは少しずつ次第に1つの形となっていったんだと思う。黄色を使わなくちゃ、ロゴにしなくちゃ、その中にもロゴを入れなくちゃって具合にね。普通に何かを描いてからロゴを置いて、その脇にサインを残すのは嫌だったんです。

たぶんその理由としては、街では色々と難しいことがあるから。グラフィティアーティストは溢れるほどいるから、繰り返し上塗りすることを続けていくことになるんだけど、タグを見つけて、そこにペイントを施すなら、より目立って力強いものにしなくてはならない。そんなことから、とても目立つ色と輪郭線を用いているわけです。その空間を自分のものにする為にね。


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自分が手を触れないような、タブーになっている建物はありますか?

コロナキ地区のような富裕層の住む開発地区へは行きません。どちらかというと、プレッシャーがかかるような、建築中な場所の方が好みです。例えば自分がペイントをする場所は、富裕層と貧困層がはっきりと見てとれるようなところ。まだ未開発の地域でだけど、予想外なかたちで発展してきていますね。

1つの例としては私のギャラリーのある場所を挙げることが出来るかな。一見ビルのようで、建築関連の賞も何度か受賞しているんだけど、白い箱に巨大な黒いドアの付いたとても素晴らしいギャラリースペースです。この界隈には売春宿があって、それがとても強い印象を与えている。その矛盾している感じ、分かるでしょ。


今までに電車に手をかけたことはありますか?

あるよ。それがきっかけでタグを変えたんです。鉄道区画で育ってきたから、電車だけにペイントしてきましたね。とても濃厚な時期となった。実際走っているのをいたるところで目にするんだから、最高に楽しいことだったよ。

壁に対するのとはまた違っていて、死ぬ程走るんですよね。だれとも会話を交わすことなしにね。だけど、それはもう止めました。


では、電車が始まりだったのですね。

そこから始まって、6、7年くらい続きました。電車だけにペイントを施しながらそこで自分のスタイルを確立していったんです。


1人でやっていたのですか?

自分の仲間達と一緒でした。2人、3人、4人…10人くらいの時もあったかな。区画の大きさや難易度にもよります。


一番過酷だった状況はあったでしょうか?例えば、拘置所送りになったりとか?

実際にそういったはめにもあったね。昼寝をして過ごしたけど。何度もね。ただ寝て休むだけ。2日以上拘置所で過ごしたことはないよ。


誰か実際に刑務所行きになった人を知っている?

いや、罰金を払うから行ってないと思う。


ところで、あなたの知っているグラフィティアーティストで、ギリシャ的だなと思わせる特徴はありますか?

わからないけど、ギリシャは色んな色に溢れていて、色使いも鮮やか。アナーキストのステンシルを目にすることが多くて、それほど開けていないExarchia地区を除いては政治色が少ないかな。バンクシーとはちがってアノニマスなものだけど、なかなかかっこいいし、気に入っているよ。継続的に何かを追求していくアーティスト、というかたちとはまた違うように感じるけれど、今ギリシャはそうやってシーンのスタイルを確立していく段階にあるんだろうね。


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自分の作品に政治的メッセージを込めたことはありますか?

自分の家からペイントを持ち出して、街へと出掛けて、描くこと自体が十分政治的行為だと思うんだよね。買い物に出掛けたり、コーヒーを飲みに行ったり、映画に行くのもよいけど、自分はそれとは違うことをしているんだっていうこと。

そこでは自分の意志で行動しているわけで、誰かに頼まれてやるわけではなく、むしろやるべきじゃないことをやっている。そいういう意味では政治的と言えるでしょ。自分の作品には広告産業の仕組みに対する意見が込められているよ。商業広告に乗っ取られた街を、公共スペースを取り返さなきゃならないってね。

グラフィティで「自分たちの街を取り戻せ」と訴えているわけではないけれど、様々な面で多くの人が同じように感じているのをストリートから見受けることができるんです。道でジャグリングをしてる人たちも自分たちのスペースを探しているんだよね。Exarchia地区では駐車スペースを上手に使って、そこを公園に様変わりさせていたね。


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つまり、自分のコンセプトも似通ったものとして捉えている?

ある意味ではそう言えるんじゃないかな。 都会の陽のあたらないような場所であっても、メッセージを残すことによって、そこが馴染み深く感じられるようになって、自分の家のように思えてくる。そこに4時間も留まりながらペイントを施す。そういったグラフィティのある場所に彼女を連れてビールを飲みながら戯れている人たちも見かけるよ。そんな姿を見ながら、自分はそこに新しい雰囲気を添えているんだなと考えるよ。街の新しい側面を創っているんだなと。


タギングを始めたきっかけは何でしたか?

なんだろう。以前はただ教科書に落書きをしていたんだけどね。


やっぱり!グラフィティアーティストはみんなそこから始まっていますね。教科書!

ハハ(笑)。机にも落書きをしていたよ。クラスメートの机も使って落書きをし続けて、それから学校の壁に描き始めたんだよね。初めて見て夢中になったグラフィティは95年のパラディンだった。

彼は伝説ですね。ギリシャでは誰も彼を知らなかったんだけど、80年代にやって来た彼の作品を見た時に思ったんだ。自分でも名前を探して書き残したいってね。だって、イメージとして湧くもののみをペイントしていたものだから、自分の名前ってものを持っていなかったんだ。これがペイントをしていたキッズから名前を持ってタグも選んだグラフィティアーティストへの流れかな。


プロとして活動を始めたきっかけは?

個人的な仕事としてのペイントを始めながら、ある時期にとても裕福な人の家もペイントするようになったんです。
街での自分の作品と比較しながら、とても贅沢で整った環境でグラフィティをするのにも楽しみを覚えたんだね。でも現在やっていることをプロフェッショナルなものとしてはあまり捉えていないんです。全てをプロジェクトとして考えています。お金にならないようなプロジェクトでも自分が気に入ったらやるから。


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委託されたものとしてはどんな作品がありますか?

ベイビー・グランド・ホテルや、アートカフェ、生物医学機関などの室内をペイントしたことがあります。


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Everyday Stories, Hellenic-American Union, Athens 2007


ギャラリーはストリートアートへ興味を示していると思う?

ギャラリストは強い関心を持って、ストリートアーティストと一緒に仕事を始めていると言えますね。ストリートアートとグラフィティは人々のとても身近な存在として、何と言えばいいかな、人気?があるのかな。則ち、ギャラリーも無視出来ない存在となってきているんだろうね。

一般的なアーティストと異なる部分もあるから、ストリートアーティストにとっての困難もある。展示会を開く考えに反対はしないけれど、ストリートアーティストとしての表現をギャラリーでするのは難しいことで、自分なりの手段と方法を確立していないといけないね。ストリートアーティストの活動している環境とは全く異なるから。動物園にいる動物のようで、そこではしっくりと調和しないですね。


どのグラフィティアーティストを尊敬していますか?

この街にいるみんな。その壁やこの街と上手にマッチしている作品が好きで、例えば、窓を使って何か違うものに作り替えたりとか。その作品が街と対話しているものはたいてい好きです。


どのくらいの頻度で街に出てペイントをするのですか?

今年は月に一度くらい。この3〜5年位は週に3、4回ペイントしていたよ。街に作品を残すことは容易いことではないからね。100回やって20作品くらい残るくらいかな。そのくらい難しいんだ。非常にね。生き残って、生き延びていかなくちゃならないんだから。


b.
http://www.behance.net/thisismybworld


Text: Manami Okazaki
Translation: Yoshitaka Futakawa