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クリスチャン・ボルタンスキー「心の記録」展

2005年にマリアン・グッドマン・ギャラリー・パリで開催されたクリスチャン・ボルタンスキーの個展は、今でも鮮明に覚えている。ジャコメッティの彫刻「歩く人」シリーズを思い起こさせる、黒いコートをかけた木の板のインスタレーションを抜け、階段を降りてカーテンに仕切られた真っ暗な部屋に入ったその瞬間に受けた衝撃も鮮明に思い出せる。
3年前の私が入り込んだそのボルタンスキーの「心」の世界が、今度はパリのメゾン・ルージュで再会できると聞いたので、最終日に滑り込んだ。

クリスチャン・ボルタンスキー「心の記録」展クリスチャン・ボルタンスキー「心の記録」展
Photo: Marc Domage

入口でいつものようにチケットを購入し、受付と展示室を隔てる廊下に出るためのガラス張りのドアを開けた。「いつもこんな匂いがしただろうか。」と不思議に思いながら、病院のそれのように、消毒液の匂いがツンと鼻をつく廊下を展示室のほうへ急いだ。
匂い以外はいつもとかわりないこの通路。真っ赤とモーヴ、カーキに塗られた壁。天井に一本、直線に続くネオン。
でも気持ちは高鳴る。そう、もうあの「心」の音がここまで聞こえてきている。ドク。ドク。ドク。ドク。
展示室の前のホールにやっとたどり着く瞬間、びくんと立ち止まった。
「Qui êtes-vous ?」(あなたは誰ですか?)男の声がどこからか私にこんなことを投げる。
悪いことなんて何もしていないのに、どうしてこんなに怖い気持ちになるんだろうか。私は、誰?

クリスチャン・ボルタンスキー「心の記録」展

この廊下は入り口と作品をつなぐただの通路ではなかった。早まる気持ちで進んだ道ももう既に一つの作品だったのだ。

いつまでもここに立ち止まってはいられない。「あなたは誰ですか?」と聞かれたけれど、答える相手は私自身しかそこにいない。

気持ちを整えて、ボルタンスキーの心臓の音が響く「心」のインスタレーションの中に入った。3年前のように、真っ暗な空間の中央で裸電球がたったひとつ、心臓の音に合わせて点滅している。そしてもちろん、私の心臓を震わせるボルタンスキーの「心」の音も。目が暗闇に慣れてくるのを少し待って、奥のほうへ進むと、大小様々なつやつやと黒く光る平面状のものが壁にかかっている。大きさと額縁からして、ボルタンスキーお得意のポートレートだろうな、と思うのだが、目を凝らしても凝らしても、それらはただ黒いだけで何も浮き上がってこない。また、点滅する裸電球がその部屋にあるものを鮮明に見せることを妨げる。壁に沿って進むと、 巨大なアンプにぶつかった。最近のアメリカ人現代アーティストに代表されるような、まるで工業製品であるかのように、清潔さにおいて完璧な作品たちとは両極端に位置する、ボルタンスキーの手作り感たっぷりのアンプと配線。そのボルタンスキーの心臓の音を放出する真っ黒のラップに包まれたアンプ自体が、まるで彼の心臓のように見えてくる。そこから出る規則正しいような規則正しくないような心臓の低い音は、壁や天井のダクトなど、展示室のストラクチャーを震わせ、私たちの体の中を震わせ、壁を越えてメゾン・ルージュ全体を震わせているようだ。

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Photo: Marc Domage

ボルタンスキーの作品にはユニーク・ピース(一点もの)という概念がない。彼の作品は展覧会ごとにその空間によって大きく変化し、いくつかの要素が足されたり、引かれたりする。
実際、同一の「心」という作品でも、2005年に初めて発表された時と今回は大きく違った。壁にかかる誰も映っていない真っ黒のポートレートもそうだが、展示室の入り口から奥まで進み、ふと振り返ると、ボルタンスキーの子供の頃から現在に至るまでの白黒の顔写真が、スライドで大きな画面に映し出されている。会場中に響く心臓の鼓動と光。それらはまず生命の継続を思わせるが、ドク、ドク、ドク、という作品のリズムが観客の心臓のそれと重なり合ったとき、作家の60年に渡るポートレートを目の前にして、死という状態へ突き進むしかない時の流れを感じずにはいられない。また、そんな限られた生命の中心であるかのようなインスタレーションに包み込まれたとき、世界の終わりまでの秒読みが始まったかのような感覚に襲われる。

クリスチャン・ボルタンスキー「心の記録」展
Photo: Marc Domage

上記の「Qui êtes-vous ?」(2008年)、「Le Cœur」(2005年)、「Entre-temps」(2003年) の3作品以外に、ボルタンスキーがこの展覧会を皮切りにとりかかったプロジェクトがある。それは日本人のある美術コレクターから「日本のある島を利用して何かしてみないか」と委託されたことから始まる、家島プロジェクト「クリスチャン・ボルタンスキーの心のアーカイブ」である。展覧会の一角に、録音室が設置され、展覧会の来場者たちはここで自分自身の心臓の音を録音し、その場でCD−Romに焼いて持ち帰れるようになっている。録音された心臓の音は家島に「心のアーカイブ」として保存される。心臓の音を録音したい人は整理券を取って待合室を兼ねたホールで順番が来るのを待つ。私がここにいたときに、もういますぐ産まれるんじゃないか、と思うような大きなお腹を抱えた妊婦がいた。彼女のCDには二つの心臓が聞こえるんだろうか。きっと小さすぎて音は取れないかもしれないけれど、とても素敵な光景だった。

この企画はメゾン・ルージュのあとに同展覧会が開催されるストックホルムの「Magasin 3」でも行われるのはもちろん、これから何年にも渡り、クリスチャン・ボルタンスキーに提案される企画の度に心の録音収集は続けられ、無限に集まっていく心のアーカイブを家島に保存していくつもりだという。

クリスチャン・ボルタンスキーの作品といえば、作家自身が名付けているように「小さな記憶」という、歴史の本や大衆の記憶に残り、語り継がれるようなものとは対照的に、私たち個人個人の心に残る、とても儚くて個々の死と共に永久に消え去ってしまう類いの記憶に関するものであった。しかし今までの彼の作品は、それらを閉じ込めてしまうだけ、もしくは、私たちに記憶を喚起させるものではあったとしても、「保存」という行為までには及んでいなかった。今年65歳を迎えるクリスチャン・ボルタンスキーが、年を取るという過程のなかで「死」ということについてよく考えると言っていたインタビューを思い出した。「死」の真逆に位置するとも言える「保存」の行為はその表れなのだろうか。

私はこの記事を書くにあたって、フランス語の「les archives du coeur」を展覧会タイトルでは「心の記録」、そしてプロジェクトでは「心のアーカイブ」と訳した。「心」と記すたびに、「心/心臓」と並べてまるでひとつの単語かのようにしたかったが、作家自身が決めたものに、できるだけ何も足したくなかったのだ。また、展覧会タイトルでは「記録」とし、プロジェクト名では「アーカイブ」とした理由は、この展覧会に「心の記録=記憶」という意味があるように思うのに対して、プロジェクトはまさに図書館や博物館のような「アーカイブ」的位置づけができると思ったからだ。しかし「心臓のアーカイブ」とせずに「心のアーカイブ」と残したのは、そこに感情的なものがあると思ったからかもしれない。このように、一見シンプルなもののように見えて実は様々な意味が盛り込まれており、私たちに多様な解釈の自由を与えてくれるのも、ボルタンスキーの世界だと強く思う。

クリスチャン・ボルタンスキーは今年2009年、パリのグラン・パレの内廊全てを毎年たった一人の現代アーティストに提供するモニュメンタという展覧会の作家である。アート界の噂によると、この「心」のインスタレーションがまた違った形で、このグラン・パレの内廊という非常に難しい空間に展示されるという。いまから楽しみだ。

クリスチャン・ボルタンスキー「心の記録」展
会期:2008年9月13日〜10月5日
会場:メゾン・ルージュ
住所:10, bd de la Bastille, 75012 Paris
TEL: 01 40 01 08 81
http://www.lamaisonrouge.org

Text: Kana Sunayama

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