クリスチャン・ボルタンスキー「心の記録」展

HAPPENINGText: Kana Sunayama

前述の作品以外に、ボルタンスキーがこの展覧会を皮切りにとりかかったプロジェクトがある。それは日本人のある美術コレクターから「日本のある島を利用して何かしてみないか」と委託されたことから始まる、家島プロジェクト「クリスチャン・ボルタンスキーの心のアーカイブ」である。展覧会の一角に、録音室が設置され、展覧会の来場者たちはここで自分自身の心臓の音を録音し、その場でCD−Romに焼いて持ち帰れるようになっている。録音された心臓の音は家島に「心のアーカイブ」として保存される。心臓の音を録音したい人は整理券を取って待合室を兼ねたホールで順番が来るのを待つ。私がここにいたときに、もういますぐ産まれるんじゃないか、と思うような大きなお腹を抱えた妊婦がいた。彼女のCDには二つの心臓が聞こえるんだろうか。きっと小さすぎて音は取れないかもしれないけれど、とても素敵な光景だった。

この企画はメゾン・ルージュのあとに同展覧会が開催されるストックホルムの「Magasin 3」でも行われるのはもちろん、これから何年にも渡り、クリスチャン・ボルタンスキーに提案される企画の度に心の録音収集は続けられ、無限に集まっていく心のアーカイブを家島に保存していくつもりだという。

クリスチャン・ボルタンスキーの作品といえば、作家自身が名付けているように「小さな記憶」という、歴史の本や大衆の記憶に残り、語り継がれるようなものとは対照的に、私たち個人個人の心に残る、とても儚くて個々の死と共に永久に消え去ってしまう類いの記憶に関するものであった。しかし今までの彼の作品は、それらを閉じ込めてしまうだけ、もしくは、私たちに記憶を喚起させるものではあったとしても、「保存」という行為までには及んでいなかった。今年65歳を迎えるクリスチャン・ボルタンスキーが、年を取るという過程のなかで「死」ということについてよく考えると言っていたインタビューを思い出した。「死」の真逆に位置するとも言える「保存」の行為はその表れなのだろうか。

私はこの記事を書くにあたって、フランス語の「les archives du coeur」を展覧会タイトルでは「心の記録」、そしてプロジェクトでは「心のアーカイブ」と訳した。「心」と記すたびに、「心/心臓」と並べてまるでひとつの単語かのようにしたかったが、作家自身が決めたものに、できるだけ何も足したくなかったのだ。また、展覧会タイトルでは「記録」とし、プロジェクト名では「アーカイブ」とした理由は、この展覧会に「心の記録=記憶」という意味があるように思うのに対して、プロジェクトはまさに図書館や博物館のような「アーカイブ」的位置づけができると思ったからだ。しかし「心臓のアーカイブ」とせずに「心のアーカイブ」と残したのは、そこに感情的なものがあると思ったからかもしれない。このように、一見シンプルなもののように見えて実は様々な意味が盛り込まれており、私たちに多様な解釈の自由を与えてくれるのも、ボルタンスキーの世界だと強く思う。

クリスチャン・ボルタンスキーは今年2009年、パリのグラン・パレの内廊全てを毎年たった一人の現代アーティストに提供するモニュメンタという展覧会の作家である。アート界の噂によると、この「心」のインスタレーションがまた違った形で、このグラン・パレの内廊という非常に難しい空間に展示されるという。いまから楽しみだ。

クリスチャン・ボルタンスキー「心の記録」展
会期:2008年9月13日(土)〜10月5日(日)
会場:メゾン・ルージュ
住所:10, bd de la Bastille, 75012 Paris
TEL:+33 (0)1 4001 0881
https://www.lamaisonrouge.org

Text: Kana Sunayama

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