アトミック・サンシャインの中へ

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アトミック・サンシャインの中へ – 日本国平和憲法第九条下における戦後美術

Into the Atomic Sunshine ExhibitionInto the Atomic Sunshine Exhibition
Photo by Yuka Takamatsu

憲法第9条は何を意味しているのだろうか?「アトミック・サンシャインの中へ – 日本国平和憲法第九条下における戦後美術」 と題されたこの展覧会は日本国憲法で最も討論される第9条に新しいエネルギーを与えた。この展示会は、その名前を、1946年2月に起こったアメリカGHQと日本政府間の「アトミック・サンシャイン会議」から引用した。戦後すぐにアメリカは第9条のように日本の憲法の土台になる文書を製作した。 それ以来、この憲法は改定については何度か話されたが、まだ一度も変更はされていない。第9条には、主権国家としての交戦権の放棄と戦力不保持が明記されている。近年、アジアの不安定化が、自国防御と軍事保有の権利について話し合われるようになった。「アトミック・サンシャインの中へ」は憲法第9条について話し合う絶好の機会になった 。

キュレーター・渡辺真也氏は『憲法第9条は私たちが考えるべきユニバーサルな問題を内包していて、そして第9条について話し合うのはタブーとなっているゆえ、この展覧会は少なくとも日本国憲法についての会話を促すことができれば』と話す。渡辺氏はニューヨークをベースに「アートと政治の関係」について活動するインディペンデント・キュレーターだ。何年間かアメリカで過ごした後、渡辺氏は原爆とそれに関連する多くの話し合われるべき問題がそれほど重要に扱われていないことに気がついた。彼は『アートが非常に有効なコミュニケーションになり、この展覧会を使って日本とアメリカ、そして日本とアジアのコミュニケーションの場なれば』と話した。

Into the Atomic Sunshine Exhibition
Yukinori Yanagi, “The Forbidden Box”
Photo by Yuka Takamatsu


広島を拠点にするアーティスト柳幸典はしばしば「天皇ヒロヒト」「北朝鮮」「原爆投下」など日本の歴史論争を取り扱う。「禁じられた箱」では、17フィートの憲法第9条の原文および改訂された文がプリントされた布ときのこ雲がプリントされた布が重ねられていた。
布と箱で構成されている作品のわずかに開いた箱には広島に投下された爆弾の名前「Little boy」と刻まれている。この箱は、ギリシャの神話のパンドラの箱だけでなく日本の昔話「浦島太郎」をイメージしている。この開いた蓋には原爆投下後に残されたであろう希望を表現している。

Into the Atomic Sunshine Exhibition
Vanessa Albury, “Your Fears, My Hopes”
Photo by Ota Yasuo (Thanks to Fukuinkan Shoten)

これは紙きれに恐れていることを書いてもらい、ロウソクの火でそれを焼いてもらうという作品だ。蘭のブーケ(それぞれ作者からのメッセージが付いている)は紙を焼くテーブルの隣にある。作者はその蘭とメッセージを持っていくようにしている。「あなたの恐怖、私の希望」と書かれたメッセージは希望のリリースと受容、作者と鑑賞者の責任の複雑な相互作用を含んでいる。

Into the Atomic Sunshine Exhibition
Curator Shinya Watanabe playing chess with Yoko Ono
Photo by Masami Ueki

オノ・ヨーコの「ホワイト・チェス」は白い駒だけでできている。これによって互いの区別ができなくなる。一色になることで相手という観念がなくなる。チェスは普通、攻略的な戦争シミュレーションなのだが、この作品は相互の理解を交換する平和なゲームになる。この平和の隠喩は、彼女の幼少期の東京大空襲時に田舎へ疎開した記憶からインスピレーションを得ている。

Into the Atomic Sunshine Exhibition
Oura Nobuyuki, “Work I” from “Holding Perspective”
Photo by Ota Yasuo

大浦信行氏の「Holding Perspective」は、天皇ヒロヒトの人生の様々な段階を14枚に描いたリトグラフだ。 リトグラフは、天皇の写真を、きのこ雲、着物姿の日本人女性、マン・レイの女性の裸体画や他の並列像をコラージュしている。この物議を呼ぶ作品は、1980年後半に日本で開かれた展示会の後、右翼から攻撃されるターゲットになった。

Into the Atomic Sunshine Exhibition
Yasumasa Morimora, “Season of Passion – A Requiem: MISHIMA, 1970.11.25 – 2006.4.6”
Photo by Ota Yasuo

森村泰昌の7分のビデオ作品は37年前に死去した三島由紀夫の不名誉なスピーチを再現している。この三島事件は1970年11月東京で起こった。三島由紀夫は有名な作家であり、後に超国家主義になり、クーデターと憲法改正を叫んだすぐ後に彼は自殺をした。森村は3回この三島の演説「情熱の季節」を現在のアート界にシフトさせ上演された。

「アトミック・サンシャインの中へ」は二年間に及ぶ渡辺氏の研究と準備の絶頂であり、日本とアメリカ両国のアーティストが参加した展覧会だ。この展覧会はさまざまな音楽作品とダンス・パフォーマンスそして、ステーィブン・オカザキ監督による、広島・長崎への原爆投下に関するドキュメンタリー「White Light, Black Rain」なども上映された。

「アトミック・サンシャインの中へ」は、典型的な現代美術展よりも重さをもち、 それは歴史の授業でもあり、政治的意図のある作品を展示し、年が経つにつれ重要になってゆく課題を討論しようと呼びかける展覧会だ。

展覧会「アトミック・サンシャインの中へ – 日本国平和憲法第九条下における戦後美術」
会期:2008年1月12日〜2月10日
会場:Puffin Room(SOHO, New York)
住所:435 Broome St, New York, NY 10013, USA
www.spikyart.org

Text: Patrick Burns
Translation: Naoko Wowsugi

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