リュック・フェラーリ

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リュック・フェラーリは、エレクトロニックミュージックの歴史におけるパイオニア的存在。彼なくしては、今日のエレクトロニックミュージックは存在しないだろう。1929年パリに生まれ、40年代後半に作曲活動を開始し、ダルムシュタットのサマースクールで学んだ。ピアノはアルフレッド・コルトー、作曲はアルチュール・オネゲルに師事。1953〜54年にはオリヴィエ・メシアンのクラスで学ぶ。

1958年には、「ミュージック・コンクリート(具体音楽)」の創始者ピエール・シェフェールとともに、「GRM(音楽研究集団)」を設立。1982年、電子音響による作曲とラジオ・アートの為の協会、「ラ・ミューズ・アン・シルキュイ(回路の詩神)」を設立。1996年、ホームスタジオとして「アトリエ・ポスト・ビリッグ」を設立。これまでに1972年と1988年にカール・ズッカ賞、1987年と1991年にはイタリア賞を受賞しているほか、1998年にはフランス文化省より国民栄誉賞を受賞している。75歳の現在も、意欲的に活動を続けている。

穏やかで、思慮深そうな印象を持つリュック・フェラーリは、よく笑う朗らかな人柄だ。今夜はミラノにある、クラブ・プラスチックにて、 50分にわたり、エリック・Mと共に演奏したのだが、そのほとんどは即興での演奏のようだった。その彼が、ライブ前に快くインタビューに応じてくれた。

作品を聞いていると、様々な流れやコンセプト、インスピレーション、思いが感じられ、それはまるで音楽を様々な角度からとらえる方法を秘めた迷宮のようにも思えてきます。観客とのコミュニケーションにおいて、最も大切にしていることはどのようなことですか?

私は、 50年代に作曲を始め、すでに半世紀を生き、これまで実に様々な経験を積んできました。その間、ジャズやポップ、コンテンポラリークラシックなど様々な音楽を聞いてきました。私は常に、新しいことを始めたいと思う性格で、自分がある型にはまってしまわないように、作品のスタイルを変え、方向転換をしてきました。アートシーンの動きには常に興味を持っていますし、またそれが私を違う方向へと導いてくれる原動力でもあります。私はインストゥルメンタルの楽曲の作曲家ですが、エレクトロニックミュージックやコンクリートミュージック(自然音などを録音したものをテープ操作などによって再構成した音楽)も作ってきました。映画や舞台にも興味がありますし、ラジオや、昔はエンバイロメントと呼ばれていた、インスタレーションにも可能性を感じます。いつも自分の作品とは直接関係のないものに興味があるので、作品の中に様々なスタイルやコンセプトが表れているのだと思います。

「音の写真」というアイデアからは様々な思いが私の頭に浮かんできますが、それは、人がそこからある方向性を見い出すことのできるような、いわば地図のようなものなのでしょうか?

音というのは、日々の生活に存在する音のように、心理的、社会的空間に存在するものです。 50年代に遡ると、当時はそれほど私の興味をひくものがありませんでした。そのなかで、たまたま作るのが簡単そうに見えた音楽をはじめました。音楽の中に浸かっている時は、イマジネーションを自由に膨らますことができました。音楽を物語りのようなものと考えると、自伝的なコンセプトで制作することができます。私は、楽曲を作る時には、時の流れにそって、全ての要素を私自身の人生のある一辺を表現するような自伝的なものにします。私は音を録音するということを、「マイクが耳にした音を、私に表現してくれている」というように考えています。インストゥルメンタルの楽曲やエレクトロニックミュージックは、私が耳で聞くものであり、また私が書いているものという点で、音楽は、自身と向き合い、今ここに自分が存在しているということを表現するものなのです。

音が歴史を表現できるという事でしょうか?

音が歴史と関係しているとは考えていません。私の専門は社会学ではありませんし、心理学者でもありません。ただ、インスピレーションで作品を作る感性が、人より鋭いだけのことです。私は、そういった専門家のためではなく、自分やそれを聞いてくれる人のために、直感で音を作るのです。

以前、どこかのインタビューで、歌にはそれほど興味がなく、歌声よりも話し声を大切にする、と答えているのを見たことがあるのですが、その違いは何なのでしょうか?

いえ、そんなことはないです(笑)。その2つには、どのような種類の声をだすことができるかという点で大きな違いがあります。例えば、ラジオでなら何かを見ながら話すことができますが、ステージでは話すことを覚えなくてはいけません。声というのは自然発生的で、即興的なものが良いと思っています。私が曲の中で声を使う時は、音としてではなく、意味を持つ言葉として使うようにしています。

有名作曲家、オリヴィエ・メシアンのリハーサルシーンや、マルセイユで開かれた、自身のエキシビジョン「サイクル・ドゥ・スーベニア」のドキュメンタリー番組の制作もしていますが、作曲家/映像作家として、制作過程において大切にしていることは何でしょうか?

私は基本的に、「聞く」ことに興味があります。私はこれまで、いかにして良く「聞く」かを学んできました。自分は、聞くことのプロだと思います。ただ、ビジュアルを見る目も、もちろんあります。本能的に、音とビジュアルを結び付けるのがとても好きなので、2つを一緒に考えることも、もちろん切り離して考えることも私にとってそんな難しいことではありません。映像のプロではありませんが、音を構成するように、映像を構成することができます。また、自分はプロではなくアマチュアということで、自分が面白いと思うものを映像化する自由を持つことができるという面もあります。

今夜はこれから、エリックMとパフォーマンスを披露するわけですが、コンテンポラリー・ミュージックとエクスペリメンタル・シーンの関係についてはどうお考えですか?また、どんなものを好んで聞きますか?

いろいろなものを聞きますし、たくさんアルバムを持っています。その中には、好きなものもあれば、そうでないものもあります。私が興味を持っているのは、物事がどのように繰り返されているかという点です。例えば、どのように現代のエレクトロニックシーンが、 50年代のコンクリートミュージックと関連しているのか。今、若いミュージシャンと一緒に演奏するのをとても楽しんでいます。当事は不可能だった、その場で音をミックスするということができるからです。

Text and Photos: Roberto Bagatti from Bacteria
Translation: Naoko Fukushi

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