ヴァイス・マガジン

THINGS


カルチャーを扱っているフリー雑誌。それはどこか、今もっともアツイ現象のようなものに思える。

あなたが目にする雑誌のほとんどは、広告で埋めつくされている。例えば「ヴォーグ」や「ワイヤード」などは、そのページの約50%近くが広告なのではないだろうか。その雑誌の実内容は結局のところ全ページの半分だけ。あなたはその半分のためにお金を払い、そしてその残りの半分はあなたに商品を売るためのコンテンツなのである。またこれが、私達の誰もが関わりを持っている、商業の皮肉的なサイクルなのである。

ウェブが主流になりはじめた1996年頃は、まだ広告の自由があった。しかし今日では、その自由はどこにもない。クリックする度に、どこかのバナ−、ポップアップ、あるいはインタースティシャルのようなところへとジャンプする。テレビ、ラジオ、新聞といった多くのコミュニケーション手段は今や、広告に支配されているようなものだ。ウェブも、そしてあなたが今この記事を読んでいるこのページも例外ではなく、この広告の侵略からは逃げることはできないのである。メディアがなにか重大なものにぶつかった時、それは広告に侵略された時なのだ。

ウェブのコンテンツというものは、接続以外はすべてフリーだ。しかし雑誌の場合、その内容を得るにはある一定のお金を払わなければいけない。そういった点でフリーマガジンの概念というのは、ウェブのそれに近いものがある。

VICEマガジン」の最新号は、自由なコンテンツと広告のバランスが良くとれている。写真特集と題されたこの号。有名、無名を問わず、さまざまな写真家の作品がフィーチャーされている。その内の何人かからは、いかにもといったアマチュア感が漂っている。

この最新号では、コンテンツと広告の境界線があいまいなものになっている。どっちがどっちなのか、読者にとっては判断がつきにくい。例えば広告のいくつかはコンテンツと同様、刺激的で好奇心をそそるようなものが扱われている。あるいは、この広告を選んだ人たちだけが、雑誌の特性とオーディエンスを理解しているのかもしれない。

以下はVICEマガジンより読者に向けた言葉:

「何があっても「VICEマガジン」を定期的に手に入れようとしないでください。現在出回っている雑誌の多くが、定期購読数を上げようと必死になっています。それは、その数によって投資者や株主がその会社を評価するからです。定期購読を申し込む時に大量の詳細が与えられるのには、ここに理由があります。雑誌といものは大抵、あまりもうからないものです。だからこそ私達は従来とはまったく違う経営モデルを導入しています。これはフリー雑誌です。つまりそれは、100%の確立で誰かの手に渡り、そして誰が雑誌を予約するか、などということも心配しなくてもいいことを意味しています。実際のところ、購読の予約なんてどうでもいいことです。もし万が一読めないのではないか心配するのでしたら、オフィシャルサイトに行くのをお勧めします。とにかく「どんな形」でも、この雑誌を読める方法はあるのです。もう何が言いたいのかはわかりますよね?」

もし企業の多くが彼らと同じような姿勢になってくれれば、世界はもっとしあわせな場所になるのではないかと思う。私の言いたいこと、わかりますよね?

追伸:今回表紙に使用された写真には、次ような注意書きがあった。「この写真に写っている男性は、2ヶ月前、この写真が撮影された後にキングストン刑務所で刺殺された。」

Vice Magazine
wassup@viceland.com
http://www.viceland.com

Text: Rei Inamoto From Interfere
Translation: Sachiko Kurashina

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