ファジー・ロジック展

HAPPENING


何かぼんやりしたファジーな世界へと私達を導いてくれる5人のアーティストを今月は紹介したい。彼等は居住適性、建築、デザイン、エンターテイメント、そして思想について共通する基本的な考えを共有している人たちだ。アートがアクションになる、ということをデモンストレーションすることで、規律の中にダイアログができ、コンテキストの認知が深まることが期待出来るのである。

ブリシアにある「ザ・マッシモ・ミニミ・ギャラリー」。そこの外壁では、ABCや、123といった明るいネオンを見つけることが出来る。ドアマットにも同じように、この世界的に受け入れられている文字が書かれている。ファジーな世界へようこそ。これは、ルカ・セリッツアの企画によるグループショーだ。

文書の作品はマシュー・メルシエールのもの。ヴァン・ダズバーグ(デ・スティジルのアーティスト兼理論者)により洗練された精密な作品と、ベムギュアットが1970年に制作した自由で、柔らかく官能的な要素を持つ、2つのグラフィックのスーパーインポジションによって作られたものだ。これはありえそうにない、シンプルな2つのかけ離れた文化的な時代の美的ブレンドである。これらは、「外側の男が目になり、内側の男が耳なのだ」というワグナーの言葉につながっている。目から私達が外側を予想するように、耳は町の風景から出る音とBHFデュエットのエレクトロニックミュージックの間と、DJセットが設置されているギャラリーの中庭という更に融合された、内側の運河のようなものなのだ。この場合の融合とは、私達の力ではどうすることも出来ない都会の「ソノグラフィ」的なものと、シグナル、サウンドの印象と電子工学のカラーリングの狭間にあるものを指す。
サウンドアーキテクチャーもまた、ギャラリーの空間を作り上げている要素の一つである。壁に相反するようにかけられたオーナメント風の布や、高さの違うライト、スライド式の壁、点滅するライトなどが、セットを印象付けている。しかし、ビジュアル的なものは、スカンジナビアのインテリアデザインの雑誌でフィーチャ−された、写真撮影用のセットである。

5人のアーティストを一度にフィーチャ−するのは、ギャラリーとしては初めての試みである。全員が「居住適性、建築、デザイン、エンターテイメント、そして思想というアイデアの統合」という定義の下集まった5人である(ジョッペ・ヘイン/1974年デンマーク生まれ、デボラ・リゴーリオ/1972年イタリア生まれ、ゴヴィンダ・メンズ/1976年オランダ生まれ、マシュー・メルシエール/1970年フランス生まれ、リカルド・プレヴィディ/1974年イタリア生まれ)。この才能溢れる5人のアーティストは、現代アートの横断線的存在であり、そのアートとは多種多様なメディア(彫刻、ビデオ、インスタレーション、サウンド、ライト)によって功利を目的とされ、国境をかき消すエレクティシズムによって活気付けられ、コミュニケーション、建築、そしてデザインでひとつのものとして溶け合っているのである。

しかし、この場合のファジーな雰囲気というのは、主に提案する、ということのプレゼンテーション、精神的なスペースの認識を意味している。これは、開放感のあるデザイン、演出感が感じられる状態、そしてそれ故に一定に発生する動きに対しても柔軟性を保つことが出来るのである。生活する上で感じるダイナミックさ、リアクション、そしてストレスに関連した有機体なのだ。

「その場の為だけの」作品は、ギャラリーと何らかの関わりを持つ。また同時にギャラリーとは総合的なものであり、お互いを「邪魔し合う」存在でもあるのだ。ゴギャラリーの外壁である、ヴィンダ・メンズ・ブリーシング・ウォールと呼ばれている壁は、その存在自体がギャラリーを拡張、収縮させているように見せる効果がある。まるで、壁が呼吸をしているような感じであり、構造との感情的な関係を追求することによって、エキシビジョンの空間が変化し、来場者がその姿をもう一度確認したくなるように導くのだ。ジョッペ・ヘインは、幾何学と有機的なフォームの中間のような美的感覚で、5つのネオンランプを含む光り輝くシークエンスを制作したが、この作品は来場者が何処に居るかによってセンサーが反応し、灯りが着いたり消えたりするようになっている。これは、空間の中のライトでしかないが、エキシビジョンにとっては必要不可欠な存在なのだ。

イタリア人のデボラ・リゴーリオも、フィジカルに、そしてバーチャル的な空間として関連付いたテーマに興味を持った一人である。彼女のサイトでは、独学で住居について学んだ彼女独自のプロセスから制作された作品が紹介されている(THE CUSTOM HABITATSというシリーズ参照のこと)。私達が無関係で疎遠な居住者となることを避けていた空間についての認識を作り上げることが、この作品が意図するところである。また、居住適性、社会問題、社会学と内気な沈思黙考の狭間の動揺、コンピューターグラフィックと初期のビデオゲームの狭間にある融合から結果として出された美学の有用という題材を扱った5本のショート・コンピューター・アニメーション(各々の長さは約1分)も紹介されている。

リカルド・プリヴィディは、彼のラボで行っているビデオプロジェクト、エレクトロニックミュージックパフォーマンスに関するワークショップを発表。かすかに有機的で、軽く、若干遊動的なフォームがある空間は、自らが持つエネルギーや「感覚」を自分自身に伝えることのできる、様々な人々の間で発生する協調性をもたらす。サウンドトラックにはBHFデュエットを起用。彼等は、奥が深いイタリアのデザインカルチャーの問題に対して、社会的な重要性を紹介しようとするような、嫌みっぽい試みをステージで行っている。

今回のファジーで新しい視野が開かれたことは、アートへの期待が薄れて来た1970年代のミニマルな質の低い「イデオロギ−な」アートムードのようなもので、認められるべきオブジェクトとしてのアート作品の追放は、実生活からは孤立したものなのだ。今日のアートはアクションとしての意味を果たす必要がある、というメッセージは、様々な規律の中で意見交換を確立するという望みでもあるし、それが取り入れられるコンテキストの認識を深めることにもつながるのだ。

今回紹介した作品は、一目で解るようにカテゴリーとパターン別に整理されたシステムを参考にしているように思われた。アルバイトが生活の重要な部分を占めているアーティストのなかには、生活空間を体験することから、基本的なものを取り除く傾向があり、そのことでそれを再認識している部分もある。しかしその一方で、作品のアイデンティティの欠如という題目への道を、展覧会が開いているのは事実だ。研ぎすまされた均一性もまたデザインでは広まっているし、それはビジュアルアーティストが招いている、アンダーラインされたデザインのフィロソフィーを、何でも無いようなものにしてしまうような、うわべだけの気持ち良さを探すような、危険のようにも思われる。

どの場合においても、これらの新しい美学的トーテムは、どんな機能的目的も提供しない、という認識だけではなく、思いとエネルギーの代わりに受け皿役になるという利点と共に発生したものなのだ。

Fuzzy
会期:2002年9月まで
会場:Galleria Massimo Minini
住所:Via Apollonio 68 25128 Brescia Italy
TEL:+39.030.383034
galleriaminini@numerica.it
http://www.galleriaminini.it

Text: Ilaria Ventriglia from Domusweb

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