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タリン・サイモン展「虐げられた人々」

HAPPENINGText: Kiyohide Hayashi

例えば、実際に使用されている人体冷凍保存のユニットや、法医学のための死体の腐敗過程を調査する死体農場、そして人工的に近親配合され障害を持って生まれたホワイトタイガーは、通常では表に出されることの無い存在であり、これらのイメージは人間が持つ知ることへの欲望に火を付ける。しかし今や彼女はこの衝動の対象をアメリカに限定することはない。4年にわたる長きの調査を経た本展での作品では、その対象は世界に起こる様々な出来事に向けられている。

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© Taryn Simon, Courtesy of Gagosian Gallery

旧作と2011年に発表された本展の作品の間において変化が最も顕著に表れていたのは強烈な客観性と言えるだろう。先にも取り上げたように作品中での血脈は大きな役割を果たしており、血脈に従う家族のポートレートの撮影は、彼女から撮影対象を選択する自由を奪う。しかしここでの自由とは恣意的に物語や出来事を抜き取る自由さであり、それを排除することは確かな客観性を得ることへと繋がっている。

また無数の同じ形式のポートレート写真を登場させる規則性に従った写真の反復を通して、個々の写真から個性はすり抜け、それにより写真に写されていないもの、写真に写り得ないものが浮かび上がってくる。それは運命という内的要因だけでなく、構造、宗教、権力といった外的要因でもある。

アルビノの問題では現在もアフリカにある魔術的な信仰から起こるアルビノ罹患者の肉体や臓器目的の殺人の問題を思い起こさせ、北朝鮮の拉致問題は北緯38度線を跨いだ家族の別離や人権を無視した拉致などによる国家政策を晒し出すように、鑑賞者は物事の背後に広がる構造へ、そしてさらなる巨視的な観点へと導かれる。ただし鑑賞者は取り上げられた18の物語について明確な答えを与えられるわけではない。与えられるのは時として世に知られることのない無数の出来事や物語を知る機会なのである。

2011年にベルリンでは無数の9・11テロ関連の展覧会が開催されたが、多くの展示が「テロ」や「暴力」や「戦争」に重点を置くことで、まるでそれだけが現実性を持つような錯覚さえ起こしていた。そして時には異教に対する不信を表し、未知のものへの恐怖を単にかき立てる作品さえもあった。

実際にテロ組織からの脅迫を受け、テロ組織のメンバーが国内に在住していたドイツでは、テロに対する感覚は日本以上に感情的な側面があるのかもしれない。しかしテロやテロの報復の被害者として痛みを強調して語ることや、テロ組織が信じる宗教に対する不信をそのまま表すのは主観的な感情に流されている印象を受ける。もちろんそのような主観的な視点が全く必要無いわけではない。

だがこのような時代にこそ私たちに必要なのは未知のものを知ることであり、何より客観的な視点でそれを見ることなのではないだろうか。多くの負の側面を生み出したテロが起きてから10年。節目を迎えて向かうべきなのは感情を抑えて対象を客観的に知ることだと思えてならない。

タリン・サイモン「A Living Man Declared Dead and Other Chapters」
会期:2011年9月22日(木)~2012年1月1日(日)
会場:ノイエ・ナショナルギャラリー
住所: Potsdamer Strasse 50 10785 Berlin
入場料:一般8ユーロ、学生4ユーロ
https://www.tarynsimoninberlin.org

Text: Kiyohide Hayashi

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