アントニオ・ビラベント
PEOPLEText: Gisella Lifchitz
アントニオ・ビラベントからは、まるで、紆余曲折した夜想曲のようなフィールドの長旅から返ってきたかのような佇まいが感じられる。長い間探し続けてきた希望の光を見つけたかのようだ。自らのことを、クリアで透明な歌を唄うシンガーと定義するビラベント。タンゴのメランコリーを彷佛とさせながら、自分自身をゆっくりとコントロールしているのだ。
私が彼と会ったのは、ブエノスアイレス市内でも最も華やかな地区、レコレッタにあるカフェ。結構豪華な墓地の近くにある地域である。若干道に間に合いながらも、カフェ・ラ・ビーラに私が着いたのは、待ち合わせ時間の10分前。私の周りがいい服を身にまとった判事や弁護士ばかりだったのも、この地域では驚くべくことではないだろう。そんな彼らを見ていると、なぜ私がそこにいるのかがわからなくなってしまい、ビラベントももしかしたら現れないのではないか、という思いが巡る。
私が選んだのは、緑が眩しい公園を一望できる窓側の席。彼が私の目の前に座れば、彼の目の前には静かな風景が広がるのだ。そして同時にそれは私にとって、終止彼に見つめられなくてもすむ理由なのだ。そんな風に彼を忘れかけていた頃、グリーンのパンツに黒のレザージャケットを羽織って登場したのがビラベントだった。思ったより背が高い。「こんにちは」と手を振る私。それに気付いた彼は、私の目の前にあった椅子に腰をかけた。すぐに目の前の景色に釘付けの様子のビラベント。よかった…。ミルクを沢山入れてコーヒーを味わう彼。ちょっとした挨拶的な会話の後、通算7作目となる新作アルバム「カーディナル」について語ってくれた。
『スタイルの主義だとか、ユニークなアイディアなどは音楽にはないと考えています。このアルバムでは、いろいろな種類の楽器が折り重なっています。クラシックなものから最近のテクノロジー系のもの。フランスっぽいものから、日本の楽曲のサンプラ−やおもしろい音まで、本当に何でもです』。右頬をやや左より上げながら、そう言ってはにかむ。『前作では、僕自身がストーリーテラー的な存在だったと思います。でも今回は唄うことだけに集中。今までにない程、透明感が出たと思うし、光に近いものがあるのではないかと思います。』
彼の中に東洋文化との結びつきを見つけることができる。例えば、彼の曲「愛してる」、「中国の8人の女の子」、「オリエンタル・プリンセス」などに現れている。「オリエンタル・プリンセス」では、安らぎのある静けさを感じさせる、永遠の夢の中のようだ。「愛してる」は、日本に行ってしまったガールフレンドについての曲。彼はその日本語の言葉が持つ感情に惹かれた。それは、消える前にほんの少しの間残っている愛の郷愁を反映している。そしてその言葉自体が彼女を純粋な記憶として蘇らせるのである。
「トゥディ」のビデオクリップは、白をテーマにしている。病院、手術器具、照明、さらには歌そのものなど、彼の周りのすべても白い世界だ。作詞の段階で、彼が最初に思いついたのは、愛情の欠如の治療法を得るためにハイテクなクリニックに入るカップルの話だった。しかし、彼は、3分間のビデオクリップでそのような話をするのは非常に大げさであるという結論に達したという。『それは、デイヴィッド・リンチの映画のようなものです。ビデオクリップの結果に満足しています。』
Text: Gisella Lifchitz
Translation: Sachiko Kurashina