トロスマン・チャーバ
PEOPLEText: Gisella Lifchitz
友だちになる前は、彼等はパートナーだった。でも今は、まるでカップルのように見える。決まりきった表現から優雅な表現を見つけることが、彼等の仕事。ただのファッションを越えた新しいアートを、綿密なリサーチから見い出しているのだ。
伸ばしたり、ぐしゃぐちゃにしてみたり、彼はまるで、緑色の布で遊んでいるようだ。刺繍も自分で施してしまう。もし完成品が気にくわなかったら、もう一度最初からやり直す。彼の頑固な思いが、何かを服の中に生み出すのだ。
この状態がいつまで続くのか、ジェシカ・トロスマンとマーティン・チャーバは知る由もない。むしろそれを知ろうともしないのが彼等なのである。人についてあれこれおもしろおかしくジョークを言い合うのが彼等は好きだ。ふざけ合っているように見えても、そのことでその話題なっている人がどんなありえない、正気でないアイディアやプロジェクトを決行しようとしているのかを見抜こうとしているのだ。
彼等はある意味、繋がっている。友だちでもあり、ソウルメイトでもあり、夫と妻、という関係もある。クローンとも言えるかもしれないし、2つのオレンジ、という表現もありかもしれない。しかし、彼等がどうこの関係を形容するのかは大した問題ではない。レタスととうもろこしになれ、と言われればなる。彼等にとって居心地の良いシェルターの中で生き、驚きという名の箱を一杯にする為に思い出を作っているのだ。一見、彼等は正反対の性格の持ち主に見えるし、もしかしたら実はそうなのかもしれない。マーティンが自信たっぷりに「無責任な人」むきだしのポーズをとれば、ジェシカはマ-ティンの母の元気のないまねをする。彼等が知り合って4年前。彼等は常に一心同体であり、そして彼等はこれから先も、ずっとそうであろう。
共通の友だちの紹介で出会ったジェシカとマーティン。ジェシカ曰く、『彼女が私達を会わせたのは、お互いが似たような活動をしていたのもあり、仲良くなれるのではないか、と思ったからです。実際の所、彼女は正しかった。私達は土曜日に知り合ったのですが、次の月曜日にはもう、一緒に働きはじめていたのですから』。
こんな風に恋愛が始まる場合もあるのか、と不思議に思ってしまう。『お互いの作品を見せ合って、お互いがとても気に入ったのが、全てが始まったきっかけだと思います。二人ともオレンジ色の服を着ていたのも、何かあるのかもしれない。彼はプロジェクトに全身を注ぎ込むタイプだし、私もそうなのです。』とジェシカは言う。
『何かを一緒に独学で得ようとする時、すごく満足感を感じるのです。一緒に決断を下し、しかもその決断は決して何かの強迫観念にとらわれた様なものではありません。その決断は、私達のプロジェクトの証でもあるのです。』とマーティンは力強く語った。
彼等の献身的な容貌の間には、エネルギーが漂っているのだろう。『私達はもはや、ありがちな家族問題等が全くない家族の様なものです。でも実際にそう感じることが合っても、兄弟姉妹ではありません。でも私達が作った靴を履くと、その人たちはカップルになれますよ。』とマーティンは言った。
マーティンの洋服には、ワイヤーやニットが使われており、それによって計りしれない可能性が広がっている。必要な技術は全て身に付けて来たマーティン。それが今日、マーティンの洋服が認められたことに繋がっているだろう。そして彼は、まだ見ぬ未知の部分を探し続けているのだ。
トロスマン・チャーバが設立された当初、ブランドとして国内、海外市場、両方への進出は同じぐらいの程度であった。マル・デル・プラタという街で開催された初のファッションショー後すぐに、イタリアのロフィッツィオ・パル・ラ・モーダからお呼びがかかり、ローマのザ・ピッザ・ディ・ポポロで、彼等のコレクションを発表するように要請が来た。
このショーの参加は、彼等のキャリアでは分岐点となった。『私達には実力がある。そして写真、メタリックの服、空飛ぶエプロン、風船バッグ、リバーシブルがきく生地、レタスのインテリア等、私達は、今日そう簡単には買ってもらえないものを制作しているかもしれない。でも、電気が通ったフックとリールで、一番良いごちそうを獲得したのです。とうもろこしの黄色。苺の赤。私達は庭で見つけることができる色を表現したのです。』
『世界中から私達のコレクションを扱いたいと、ひっきりなしに様々なところから連絡が来ました。雑誌のインタビューも沢山受けました。寝る時間もなかったし、とてもナーバスでした!そしてそれがスタート地点でした。』とジェシカはちょっとノスタルジックな笑顔を見せた。
色々な意味での成功はもう目の前だった。ローマでのショーの終了後、ギリシャ、ロシア、スペイン、日本、アメリカ、イギリス、スイス等、様々な国でのトロスマン・チューバ商品の発売が開始した。海外からの需要が増える中、トロスマン・チャーバのブエノスアイレスでの第一号店がオープンしたのが1999年のことである。
『判断を下すこと無しに、私達の内に秘めた魂という問題のコンテナーとして、私達自身の体を受け入れること。人生の喜びの中で服を身にまとうことは、私達の魂の色であること。』が、 ブランドとしての当初のフィロソフィーであった、とマーティンが熱心に語ってくれた。
『私達のアイデンティティは、冒険心が膨らめば膨らむ程、進化していくのです。』とジェシカは続ける。『例えば、私達は小さな動物のようにいつだって頑固です。服ではそれを感じることができるかもしれないし、それが色のついた動物、そうでないもの、そして手織りのものとして表現されていると思います。』
続きを読む ...