カールステン・ニコライ

PEOPLEText: Mitsuhiro Takemura, Katsuya Ishida

アートと音楽を横断しながら活躍する数少ないアーティスト 

蝙蝠(コウモリ)に興味を持ち、蝙蝠とコミュニケーションが取れると本気で考えていた少年時代。それを原点として活躍する国際的なアーティスト、カールステン・ニコライ
出身地ドイツを拠点にビジュアルアートと音楽という異なる二つの分野をボーダーレスに行き来し、それを紡ぎあげていく彼の類稀な才能を、インタービューを通じて解き明かしてみたい。

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まずはじめに自己紹介をお願いします。

1965年生、カールマルクスシュタット出身(旧東ドイツ)。大学ではランドスケープアーキテクチャーを80年代後半に専攻し、卒業後は都市デザインを手がけていたのですが、90年代に美術家として活動をはじめました。
私は美術家になるためにも、音楽家になるためにも、学校で勉強していたわけではありませんが、80〜90年代という時代は分野を超えて自由に活動をするという土壌があり、私はこのようなアーティスト活動を始められたのです。

これまで作られてきた作品の紹介をお願いします。

「Anti」と「Reflex」という2つの名を付けたこの作品は明と暗に分けられた2つの部屋に展示された作品です。
「Anti」は暗転された部屋に置かれた作品で、作品の存在そのものが明確には認識できない展示がされています。これは情報という概念をそのまま見せるのではなく、隠すということを象徴しています。
もう一方の「Reflex」は明るい空間に置かれた作品です。作品の輪郭がはっきりと認識可能であり、展示された作品がすぐに確認できるものとなっています。

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Reflex, 2004. Aluminum frames, Polyester, Piezo high-tone speakers, MAX/MSP program, Firewire soundcard, 255 x 255 x 300cm

Reflex
光量の高い部屋では、オブジェを含めその部屋に存在するもの全てが反射し、部屋に入った観覧者がその反射されたものを明確に認識できるようになっています。

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Anti, 2004. PP lightweight structure, Sound module, Theramin module, Transducer, Amplifier, Light-absorbent black paint, 255 x 255 x 300cm

Anti
黒く極めて幾何学的なオブジェ作品。周波数の低い色調と暗さによって生み出される惹きつけるような磁場を表現しています。

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Void, 2002. Sound, Chrome-plated glass, Aluminum, Silicon, Rubber, dimension variable

Void
ガラスのチューブに特定の日、特定の時間に流れている音を封入した作品です。この作品は見るものに疑問を投げかけることを目的としたものです。

ガラスチューブに本当に音が封入されているのか?
ガラスチューブの中と外は同じ状態なのか?
時を止めるということは可能なのか?

様々な疑問のトリガーとなるものです。
私は常に科学的な疑問と哲学的な疑問は相対立しているものとして考えています。自然と科学の関係性、私達の創造性の問題、そのような疑問を持ちながら作品を作っているのです。

私の興味は「無作為」ということにあります。私達の周りでは無作為に様々なことが起こりますが、人はそういった無作為をコントロールできるのか?そういった無作為をどのように人は捉えることができるのか?それは科学的に分析可能なのか?常に私のテーマとなっているのです。

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Perfect square, 2004. Glass, Aluminum, Wood, Rubber, 362 x 362 x 21cm, with Stage elements, 400 x 400 x 50cm

Perfect square
一つの正方形を構成するために必要な21枚の異なる大きさの正方形を組み合わせ作られた作品です。これは70年代後半にロシアの数学者である「A.J.W.ルジン」が発見した法則を元に作成しました。
数学は自然の原理を知るために存在すると私は考えています。そのような思想の中で正方形は人間の美的感覚の象徴であり秩序を伴ったものです。私の作成のモチベーションとなるもの、それは自然科学への興味ですが、作品を見た方は非常に科学的だといいます。
しかしながら、その自然を理解する上で必要な科学というもの(それを秩序といってもいいのかもしれません)、それが私の作品のベースとなっているのです。

私は作品制作を通じて、自然の原理を探し続けているわけですが、その過程において、人々がどのように知覚するか?そしてどのくらいの深度で知覚が可能なのか?というテーマに突き当たったのです。
このように創作活動の中で90年代半ばに私は人間の可聴領域、不可聴領域について大変興味をもつようになりました。
数値上、人間の可聴領域を超えた非常に高い周波数の音を発生させ、その可聴・不可聴をテストすることを繰り返し行うことで新しい疑問が湧いてきたのです。

 音は本当に存在するのか?
 実は聞こえている音は人間の想像が産み出した
 イマジネーションの産物なのではないか?

そしてそれは私の作品のテーマでもある「音の可視化」ということに繋がっています。

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Telefunken, 2000. CD player, CD, Sony hiblack trinitron TV, Dimension variable

Telefunken
オシロスコープを使って音とビデオの関係について考察した作品です。
本作品はとてもシンプルな構造で作られています。映像信号の入力部分にオーディオの信号を入れることで、音に同期した平行な縞模様が生まれます。これが「音の可視化」というテーマで行った初めての実験でした。
このように意図されたミステイク、そこから出てくる思いがけなかった結果というものを私は非常に大切に考えています。
音楽を作る上でも、このようなミステイクから発せられる「Glitch」と呼ばれる音は私にとって非常にインスピレーションを与えてくれるものです。
音源から生成されたビジュアルはモニターやテレビといった画像表示装置の可能性を広げるものであると私は考えているのです。

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Milch, 2000. Lambda print on aluminum, 60 x 50cm

Milch
可聴範囲外である低い周波数を発するスピーカーを牛乳が浸されたトレイの下に設置し、その揺れを見るという作品です。
低い周波数ではカオス的に揺れていた波が、徐々に周波数を上げていくことによって美しい文様に変化してくことが、認識できるようになります。

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Syn chron, 2004. Lightweight structure, Steel, aluminum, Laser projection, Sound system, Rubber, 1250 x 800 x 460cm

Syn chron
この作品はこれまでの作品とは少し違っているものです。ベルリンで制作しました。非常に大きな作品で制作に2年という長い期間がかかったものですが、私のテーマである空間・光・音といったエレメントを総合的に含められた作品でした。
クリスタルのような幾何学的な様相で、一見パビリオン風な作品ですが、半透明な素材で作られているため作品の中の状況も確認できながら、外の様子もわかるというものです。
光と音のバリエーションによって様々な様相を作り出します。

自ら設立した音楽レーベル「raster-noton」(レイザー・ノートン)について教えて下さい。

レーベルを立ち上げたのは96年です。自らレーベルを立ち上げたのは、当時、私達の音楽をリリースしてくれる所がなかったからです。
設立当初から、このレーベルの共同設立者であるオラフとフランクと私の3人はただ音楽を発表するということはしたくありませんでした。3人とも美術家としてバックグラウンド持っていたため、作品を発表するにあたって、グラフィックやパッケージ、パフォーマンスのすべてを総合的にデザインすることにしました。リリースの仕方においても、ただ見た目がかっこいいものをカバーとして載せるのではなく、私達の表現したいことそのものをとてもシンプルに見せるということを心がけてきました。
今では珍しくなくなりましたが、何も書かれていないケースの中にただCDが入っているような作品は、当時は全くありませんでした。メディアにおいてもCDだけを扱うのではなく、SDカードやLP、書籍など様々なメディアをリリースをしてきました。
販売方法についても、期間限定のショップを開き、世界各地でレイザー・ノートンの作品を販売することも行なっています。
ショップの有用性は、実際に人が集まってくることにあります。そこで新たな情報を得たり、人々が出会うことが非常に大切な事だと考えているのです。

ご自身の音楽活動を踏まえての質問なのですが、音と音楽の違いをどう考えているのでしょう?

音は周波数というものとして全てのものに存在するものです。音楽はその周波数である音の一部であると考えています。例えば、超音波は音として存在するものですが、それを音認識している人は少ない。しかし、それは紛れも無く音なのです。

今日、様々な音楽が存在しますが、その分世の中に存在している音というものが見えにくくなっているように感じます。そのような現状についてどう考えていますか?

音楽が商業化されすぎてしまった現状があると思います。音というものに対する興味が深ければもっと革新的な音というものに関心が向くと思います。

この世界に存在する「音」というものは人類共有の財産だと言えます。それを表現の手段として使用することに圧倒的な可能性があるのではないでしょうか?

音というものは無限に存在するものであり、無限の可能性を持っているものだと考えています。私達が存在していると感じている音はとても少ない。そしてそれはソーシャルツールとして人と人とが関わっていくものとして機能するものであり、非常に民主的なものだと思っています。
私がパフォーマンスをするのも、音が境界のない言語だと確信しているからです。

音の視覚化というのは、様々に行われてきたことですが、あなたにとってそれはどのような意味を持つのでしょうか?

音には視覚的な要素がないということが音の美学なのではないでしょうか。私は周波数が低すぎたり、高すぎたりして人間が知覚しにくい音を可視化することに非常に興味を持っています。また、そのようなものを表現するために、パフォーマンスは音のインパクトを伝えるには非常に有効な手段です。そのなかでビジュアルを使用することはとても重要なことなのです。

これまでの活動を伺ってきましたが、坂本龍一氏とのコラボレーションは今までのものとは違った面があったのではないでしょうか?

坂本氏とのコラボレーションは、とてもエキサイティングなものでした。私の作品は非常にテクノロジカルで、実験的な音ですが、彼のサウンドはピアノなどを使用した非常にロマンティックで、叙情的なものです。
二人はとても対照的ではありますが、その対比がとても面白く感じています。
これまで10年近く彼との共作を続けていますが、義務的な形ではなく、お互いの良い面を補完する創造的な行為であると考えています。

ベルリンの現在の状況についてお伺いします。アートと都市との関係性についてどうお考えでしょうか?

ベルリンがアーティストにとって魅力的な理由ですが、首都であるにもかかわらず、不動産にかかる費用が安いことがあげられると思います。その一方で、クラブシーンなどのカルチャーは非常に活況です。しかし、そのような状況は即時的なものではなく、様々なアーティストの活動の積み重ねによって作られたものです。
正直に言いますと、ベルリンは商業的に全て成功しているかというとそうではありません。が、そこに住む人々がベルリンという都市には“成功する力”があると信じているのです。
私はベルリンが現在流行の先端だから住んでいるわけではありません。現在でもベルリンは旧東ドイツと西ドイツの2つの要素が共存しているからなのです。つまり、様々なライフスタイルの共存が可能な街。いうなれば現在のベルリンという都市はドイツらしくないドイツだと私は感じているからなのです。

Text: Mitsuhiro Takemura, Katsuya Ishida

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