
世界のイラストの祭典。
「イラストレイティブ・ベルリン 09」は4年前に始まったフェスティバル。今回5回目を迎えた。ベルリンでの控え目なグループ展から世界中のイラストレーターの作品をフィーチャーする移動式のフェスティバルへと成長し、現在では会議プログラム、ポートフォリオ・フェアのイベント、ヨーロッパの最もすばらしいイラストとグラフィック・アートスクールからの作品の展示、ヤング・イラストレーター・アワードなど、様々なプログラムを展開している。

フェスティバル初日の夜、興奮に包まれたベルリンのヴィラ・エリザベスでの視覚の宴は、季節はずれの冷たい外気を暖かなものにし、大きく膨らんだ人々の群れが展示会場内へ波のように押し寄せた。会場の中に入った私たちは、クリエイティブな作品の茂みや立木の間を部屋から部屋へと歩き回る。そして、この60名を超えるアーティストにスポットを当てたフェスティバルの注目の展覧会が単にイラストを集めただけではないことに気が付いた。

イラストは、もちろん、ある特定の過程を経て作り出される最終形なものだ。イラストは、実例を証明し、照らし(英語原文の“illuminate”は、イラスト(illustrate)の語源でもある)、明快にし、披露し、提供しようとしたもので、定義上、文章と繋がりをもっている。しかし、これら作品には文章を発見することはなく、それらはイラストというよりは美術作品のように見えた。この印象は、ここに集められた作品を『イラストレイターによって制作されたアート』と描写する展覧会のキュレイターであるパスカル・ヨハンセンによって強調されている。
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考えさせられたことは、「なぜイラストレーターなのか? 」「なぜアーティストによるアートではないか? 」「もしくは、建築家、造船家や家具職人のアートではないのか?」しかし、特にイラストレーターのアートに関しては何か無視できないものがある。もちろん、イラストは素晴らしいコミュニケーションで、賢いアイデアで、美しいものですらあるが、私はさらに美意識におけるユニークな実験としてイラストレーションを考えずにはいられない。イラストにより、その芸術性あるアイデアの登場や発展を私たちが目の当たりにすることを可能にしたのは、なぜならイラストレーターの感心は完全に別のところにあるからだ。

コンセプチュアル・アーティストは、彼ら自身の世界にオーディエンスを惹き付け、特定の観点へと誘導するための手がかりを残す一方、イラストレーターは、よりオーディエンスの範囲内で彼らとコミュニケーションするように求められる。彼らは、私たちが理解する視覚的言語で明確に伝え、その結果それらのクリエイションは直接的であり身近である。

エリック・サンドバーグの作品は適例だろう。子供が顔の全体を覆うみごとな柔らかい髪毛の中から覗く充血した目が私たちを穏やかに見つめている。作品の絵画的あいまいさは、何かよりダイレクトで切迫したものを収めていて、私たちは即座にそれらのもろさに繋がり、そのグロテスクな部分から拒絶され、社会として、その醜さに対して私たちが抱える責任の度合いを思った。

アーティストの多くが、文章から開放されていることに影響を受けているように思える。彼らの作品は、自らの空間を作り、心地よさそうに独立している。それらの多くが、イラストを描くという行為自体が、作品となっていた。
1台の製図マシンが部屋の1つを占領し、その機械的なアームが、その正確で流動的な優雅さで、ある技術的な図面と有機的な過程を描いている。浮き足立ったイラストレーターが移動しているその足下で、できあがった図面が地面をくねりながら排出されていた。

アーティストの数名は空間を有効利用していた。エディトリアル作業の狭苦しい制限から飛び出し、3次元、壮大なスケール、新素材による作品などに展開された。

Photo: Sebastian Gabsch
セバスチャン・プレシューの線画は冷たく計算されているように見え、スパイログラフの痕跡のようだ。その作品の展示されている部屋へ入ったとき、その冷たく幾何学的な線画の中へ入っていくような感じがした。作品に近づいたときにだけ気付かされるのは、壁にかかるドローイングはインクで描かれたもので、インスタレーションは糸により構成されているということだ。その完璧な糸による彫刻にあるテンションは、この展示のため引き剥がされた人間の混乱、フラストレーション、絶望、および歓喜の産物なのだろうと想像する。

ソーニャ・ダノウスキは、小さなパネルを多数展示した。9枚の煙突のペインティングの列の上には、9枚のレインコートを着た人々を描いた絵の列、9枚の眼鏡をかけた少年の絵の列、9枚のベルランプの笠の絵の列など、一般的な都市に存在する様々な物や人物を展開した。
同じ色のパレットから引き出されたすべての繰り返されるイメージは、表現された多くの生活に見られる一貫性を暗示している。密接に観察され、精細に描かれたダノウスキのイラストのテクニックは、主題の親密さを映し出している。
いくつかの作品は形式的な文章がないため苦しんでいたようだ。作品を構成する概要がなく、彼らは弱々しく崩れたように見え、それは、この展示会がイラストレータに持ちかけた挑戦やその本質を強調していた。

めまいがするほどのこのフェスティバルに展示された作品には、アートとグラフィックデザイン間を行き来する分野で活躍する、田名網敬一など先駆的アーティストによる作品や、スウォッチが主催する「ヤング・イラストレーター・アワード」で最優秀賞を受賞したジュリア・ブルーダラーのような新生アーティストによる作品が肩を並べていた。

たくさんのテーマ、スタイル、テクニック、およびメディアをカバーしている、彫刻作品、アニメーション、ドローイング、ペインティング、およびインスタレーションが展示され、カンファレンスの話題は戦略から実用的なものや、個人的なものにまで及んだ。
フェスティバルの将来について尋ねられたパスカル・ヨハンセンは、アフリカから東ヨーロッパまで、このイラストレイティブでの活動を展開したいと希望を打ち明けてくれた。彼は、デザイン、応用芸術、ファインアート間にある“グレーゾーン”の探究に夢中で、その中に「コンテンポラリーアートの新しい時代」を見い出そうとしている。興味深く、今後も目が離せないイベントだ。
Illustrative Berlin 2009
会期:2009年10月16日〜11月1日
会場:Villa Elisabeth and St Elisabethkirche
住所:Invalidenstraße 3, 10115 Berlin
http://www.illustrative.de
Text: Anna Saulwick
Photo: Piers Greville
Translation: Yuya Masumoto