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中村天平

PEOPLEText: Christal Phillips

暖かさを感じ始めた3月の気候を楽しむ人々や車の流れを、中村天平はハーレムのアパートでグランドピアノ越しから眺めていた。彼お気に入りのこの聖ニコラス通りにあるビクトリア調の建物では、2つの大きな窓から柔らな春の微風がコットンのカーテンを揺らしながら、さっぱりと整えられたワンベッドルームのアパートに注ぎ込んでいる。

ピアノ、布団、そしてピアノの側にある小さなテーブル。神戸の丘陵地帯で飾り気のない自然に育まれたアーティストのライフスタイルを部屋の様子から感じ取ることができる。入り口近くに列をなした靴 –アジアの習慣– 靴を脱ぐように促されると同時に、このニューヨークの街角でフローリングの床を通じて彼が演奏する音の鼓動や周囲への感覚をより澄み切ったものとして訪問者を迎える。一つの言葉を表現すると、彼は平穏であり、またそれが彼の身の回りから音楽へと様々な形で現れている。

赤いTシャツにジーンズ、そしてスパイキーヘアー。さっぱりとしたハンサムな中村はグリニッジビレッジの若者の群れに見かけるような出で立ち。しかしながら、彼は決して華やかでない、音楽と思考から成る内なる世界に留まることを選んだ。リクエストに応えてショパンからベートーベンを奏でるその姿は謙虚な姿そのもの。簡素なアップタウンのアパートや礼儀正しさからは、この28歳のピアノの名手が自国での成功を冷静にそしてまた謙虚にとらえていることが伺える。渡米して以来、ニューヨーク市内観光に明け暮れることなく、そのほとんどの時間をアパートで購入したYAMAHAのピアノを弾きながら費やして音楽に専念してきた。ブルーノートには一度だけ訪れたことがあり、また、ニューヨークでお気に入りの場所はリバーサイドパークとハドソン川だという。『ハーレムの環境が大好きなんです。』ウィリアムズバーグやビレッジについて疎い中村はこう話す。ピアノの椅子に座りながら、こころなしか恥ずかしげにEMIミュージックからリリースされるセカンドアルバムに収録されるであろう最新の曲を弾き聴かせてくれた。彼の曲を何かと比較するのは難しいが、幾つかの控えめなエチュードからドビュッシーの影響を感じさせる瑞々しい旋律が繰り出された。ジャズでなくクラシックでもない、むしろ彼が大阪芸術大学や後年ニューヨーク・ピアノ・アカ デミー・ハーレムで習得したそれらの基本に加えて日本の伝統音楽を思わせる静けさや自然に重点を置いた、ポップやカントリー、そしてロックといった現代音楽の主流とのフュージョンのように感じられた。

ニューヨーク・ピアノ・アカデミーでの教授の一人であるロン・イエディディア博 士は中村の音楽を偉大なロマン派ピアニスト、フランツ・リストやセルゲイ・ラフマニノフと重ね合わせながら表現する。『心の底から表現されたピアニストらしい、つまりは音色を深く理解してそれを表現する技術を併せ持っている。』『彼の音楽は美学や美しさに触れ、常に協和した音を奏でながら人々の耳に心地よく届く。』彼の師事する人々や友人が口にする彼の温もりは、曲を通しても調和した調べとして伝わってくる。10代後半までは独学で音楽を修得した中村は譜面を持たずに演奏をし、また、他の演奏者の為に自分の曲を楽譜に落とす技術をまだ習得していない。ショパンの練習曲から自分の曲にわたって全てを暗譜しているのだ。2006年11月の東芝EMIの「音楽で生きていく!オーディション」優秀作品賞受賞を始め各表面から高く評価されている。また、この受賞は東芝EMIとのレコード契約へ繋がり、2008年6月にはデビューアルバムの「TEMPEIZM」をリリース。日本で2万枚を売り上げ、数々のテレビ/ラジオ番組といったメディアへの出演を果たした。今は数ヶ月後にリリースを控えたニューアルバムの制作に向けた日本でのこの夏のレコーディングを前に、ハーレムのアパートの窓際で制作に取り組んでいる。ニューアルバムは2009年11月にリリース予定。『ファーストアルバムの主題は日本での記憶でした。』と中村は話す。『次回作のコンセプトはニューヨークからのインスピレーションやこの街での経験に基づいたものになりそうです。』ニューヨークに辿り着いてから感じてきた気持ちや、この異国での将来に楽天的に対する姿勢を音に表現したと話す「Maiden Voyage」という曲を披露。演奏の合間には自身の生活や少年時代を少しずつ聞かせてくれた。親切に自家製レモネードを勧めながら東芝EMIとの契約前に制作した短いデモテープを差し出す。リビングルームには野球のバットが壁に立て掛けてある。それを手にしながら彼は尊敬するイチロー選手への思いを述べ、また次回作の収録作品となった彼の背番号から取った「Area 51」はそれが起因となっていることを教えてくれた。

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