クリスチャン・ボルタンスキー「心の記録」展

HAPPENINGText: Kana Sunayama

気持ちを整えて、ボルタンスキーの心臓の音が響く「心」のインスタレーションの中に入った。3年前のように、真っ暗な空間の中央で裸電球がたったひとつ、心臓の音に合わせて点滅している。そしてもちろん、私の心臓を震わせるボルタンスキーの「心」の音も。目が暗闇に慣れてくるのを少し待って、奥のほうへ進むと、大小様々なつやつやと黒く光る平面状のものが壁にかかっている。大きさと額縁からして、ボルタンスキーお得意のポートレートだろうな、と思うのだが、目を凝らしても凝らしても、それらはただ黒いだけで何も浮き上がってこない。また、点滅する裸電球がその部屋にあるものを鮮明に見せることを妨げる。壁に沿って進むと、 巨大なアンプにぶつかった。最近のアメリカ人現代アーティストに代表されるような、まるで工業製品であるかのように、清潔さにおいて完璧な作品たちとは両極端に位置する、ボルタンスキーの手作り感たっぷりのアンプと配線。そのボルタンスキーの心臓の音を放出する真っ黒のラップに包まれたアンプ自体が、まるで彼の心臓のように見えてくる。そこから出る規則正しいような規則正しくないような心臓の低い音は、壁や天井のダクトなど、展示室のストラクチャーを震わせ、私たちの体の中を震わせ、壁を越えてメゾン・ルージュ全体を震わせているようだ。

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Photo: Marc Domage

ボルタンスキーの作品にはユニーク・ピース(一点もの)という概念がない。彼の作品は展覧会ごとにその空間によって大きく変化し、いくつかの要素が足されたり、引かれたりする。
実際、同一の「心」という作品でも、2005年に初めて発表された時と今回は大きく違った。壁にかかる誰も映っていない真っ黒のポートレートもそうだが、展示室の入り口から奥まで進み、ふと振り返ると、ボルタンスキーの子供の頃から現在に至るまでの白黒の顔写真が、スライドで大きな画面に映し出されている。

クリスチャン・ボルタンスキー「心の記録」展
Photo: Marc Domage

会場中に響く心臓の鼓動と光。それらはまず生命の継続を思わせるが、ドク、ドク、ドク、という作品のリズムが観客の心臓のそれと重なり合ったとき、作家の60年に渡るポートレートを目の前にして、死という状態へ突き進むしかない時の流れを感じずにはいられない。また、そんな限られた生命の中心であるかのようなインスタレーションに包み込まれたとき、世界の終わりまでの秒読みが始まったかのような感覚に襲われる。

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