山下澄人

PEOPLEText: Yurie Hatano

昨年度、話題を呼んだ作品「石のうら」について教えて下さい。

地震に遭遇した人びとの話です。阪神大震災のとき、ぼくの育った街や住んでいた家は壊滅しました。何人かの知り合いも亡くなりました。でもそこで見たり聞いたり経験したのは、人は大変な出来事に遭遇したときに、ただ「大変だ大変だ。悲しいどうしよう」と思っている訳ではなくて、大変で悲しいのはもちろんのことだけど、だけどそんなことだけじゃなくてもっといろいろなことを感じているし思っているということでした。それなのにマスコミから世間に流布されるのはどれだけ大変だったかとか、どれほど悲しい思いをしただとか、こんなにがんばっているだとかいう簡単で安易な物語ばかりで、ぼくが見たものとは違っていました。だからぼくは、ぼくが見たり聞いたりしたことをきちんと劇にするべきだと思いました。そんな思いで作りはじめました。けども作っていくなかで、こんな特別な出来事を扱わなくても、あのときに見たり聞いたりして感じた「あれ」は表現できるんじゃないかと思いはじめました。むしろ特別な出来事や特定の人たちの物語ではない物語にしてこそ、あのとき見たり聞いたりして感じたことが伝わるのではないかと思いました。だけどそれはあの作品を作りながらわかったことです。だから、ぼくらにとってどこかで作るべき作品だったのです。いずれにせよぼくらは何だって理解するのに時間がかかるのです。いつも遠回りです。それでも、あの作品を作ったことで、ぼくらの作ろうとしているものが、何かひとつはっきりとした気がします。

FICTION
「石のうら」2007

全ての脚本、演出、出演とを手掛けられていますが、このスタイルにこだわりはありますか?それぞれの面白さや難しさは何でしょうか?

昔からある歌舞伎や、たぶん能や狂言にも専業の演出家はいません。それはこの国だけじゃなく、外国の演劇もそもそもはそうだったと聞きます。ですから、ぼくらのやり方は、ごくごく古典的なやり方なのです。ぼくにとって書くのも、演出するのも、演じるのも、全て同じことです。3つのことをやっている意識はありません。全部がひとつになって「劇を作る」ということなのです。気がついたらそのやり方で10年近くやってきましたから、こだわりがあるというよりは、そのやり方でしかもう作れないと思います。

だんだん分かってきたのですが、書き手はどうとでも書ける自由を持っているようで、実はそうではありません。ぼくには、ぼくに書けないものは書けないのです。こう書くと当たり前のようですが、これがなかなかわからないのです。けれども、そう思えたとたん、何かがとても自由になるのも事実です。そしてそのことが大変おもしろいのです。つらさは面倒くさいことです。思いついたいちいちの全てを字にしていくというのは、なかなか面倒くさいものです。

演出のおもしろさは他人とのかかわり合いです。劇を立ち上げていくときの他人とのかかわり合いは、ちょっと他では経験できないものです。ものすごく親密にもなりますし、大嫌いにもなります。それくらいお互いのドアを開けあうのです。だから同じことがつらさになるともいえます。

演じる際のおもしろさは「ふり」でなく「記号」でもない「人の様子」をどうやって探し出すかにあります。うまく見つけたと思えたときは、何だか世界の秘密を見つけたような気になります。つらさはとても単純なことです。セリフをおぼえなきゃいけないということと、どれだけ体調が悪かろうと気分が乗らなかろうと、本番にはとにかく演じなきゃいけないということです。理屈でいくら押さえ込もうとしても、単純なつらさというのは、なかなか解消されないものです。

FICTION
「来世こそ」2006

メンバーが全て自らの手で行っているという舞台装置作りや、チラシのビジュアルについても教えて下さい。

舞台装置作りは、苦肉の策です。ぼくらにはお金がない。だから全て自分たちで装置を作るしかないのです。それもなるたけ「ただ」で手に入るものを使って。建設現場で使われる鉄骨、廃材、捨てられた家電製品にダンボール、朽ち果てかけたペットボトル、何だって使います。貧しい者の武器は「貧しさ」なのです。「貧しさ」が武器だと気づいた貧乏人は強いです。

チラシは、スタート当初から付き合ってくれている西山昭彦というデザイナーに頼んでいます。チラシは内容もまだ何も決まってない段階から作りはじめますので、たいがい難しい作業だと思うのですが、いつも驚くようなものを作ってきてくれます。彼の作るチラシのデザインから劇の内容が浮かび上がってくることもあります。もちろんそれに対して山のように意見は出しますが。劇が本格的に立ち上がりはじめる頃には彼の仕事は終わっているので、いつもすれ違いなのですが、彼の立ち上げてくるイメージは、ぼくらの劇作にとってなくてはならないものだと思っています。ただこいつは都合が悪くなると居留守を使うのでときどきとても困ります。

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