ティノ・セーガル展

HAPPENING


ほんの10歳くらいの男の子に、『プログレスってなんだと思う?』と、訪ねられたことがある?わたしはある。ティノ・セーガルのエキシビジョンの、最初の展示室に入ったところで。
エントランスでプレスパスを見せると、受付の女性が誰かに声をかけた。すると、ジーンズに赤いジャージを着た、さらさらの、肩まである髪の男の子が目の前に出てきて、『ぼくはトビーだよ。ついてきて。』と、ギャラリーへ案内してくれる。中へ入ると、「ICA」の真っ白な展示室が広がっている。いつもの通り。ただ、いつもと違うことは、そこにあるはずの「何か」がない。展示されるべきものが何も見えないのだ。途方に暮れる。

そこで。『プログレスって、なんだと思う?』

半歩先を歩くトビーが、振り返ってそう言った。じっと目を見て。ちょっとした混乱。『なに?プログレス?プログレスが何って?それってどんな分野のプログレスについて聞いているのかな?』と、しどろもどろに聞いてみる。
『僕が聞いているんだよ。プログレスってなんだと思う?』
クルーは答えてもらえない。

『プログレス。そうだね、例えば、夢があって、何になりたいとか、こういう風にいたいとか、それにたいして、夢がかなうように努力して、すこしずつそのゴールに近付いていくこと?それがそうだと、わたしは思うけど。』
ジャーナリストとは思えない解答。それはともかく。
『なるほどね。個人の願望についてのプログレスだね。』
彼は、理解しているのだ。自分が何を訪ねているのかについて。わたしの解答をサマライズすることさえできる。
そこで初めの展示室が終わり、また誰かがわたしを待っていた。まるでトビーを少し成長させたかのような、同じ髪型をした、でもおそらくティーンエイジャーの男の子。
『彼女は個人のプログレスについて答えたよ。』とトビーがわたしの答えを、彼にパスする。そして走って来たところにもどっていった。

クリスティン、と言った彼は一緒にいる間中、わたしの顔が見えるように、うしろむきに歩いていた。わたしたちは、ギャラリーカフェを通り抜け、狭い階段を登りながら、個人のプログレスと、社会全体のそれについて話し続けた。『たとえば、原子力の進歩についてどう思う?君自身のプログレスが、社会全体のそれと影響しあっていると思う?』

国会議事堂の見える展示室に入ったところで、30代くらいの女性が会話に加わった。『たとえば、ハーブや漢方の分野での進歩は、わたしの頭痛にとても影響しているわ。』といって大きく笑いながら。彼女に交代したところで、すこし個人的な話をした。どこにすんでいて、ロンドンにはどれくらいいて、何をしているのか、そして彼女について。

非常階段にでたところで、彼女が螺旋階段を、あきらかにわたしをおきざりにするスピードで降りていった。あえてゆっくりと降りて行くと、50代くらいの赤い髪の女性が、一番下で待っていた。

彼女はBBCでジャーナリストとして働いていた経験を少し話してくれた。あきらかに、先の女性からいくつかのわたしに対するインフォメーションを受け取っているようだ。当時の働く女性の社会的な立場と現在のそれについて。
そして私達の、これから到達したい、いくつかの夢について。出口に続く長い廊下を歩きながら、『これがこのツアーの終わりね?*というと、「そう、そしてこのツアーのプログレスのね。』と彼女は答えた。
『Nice to meet you.』と言って、わたしは外に出た。

ティノ・セーガルのソロエキシビジョンは、ICAではニ度目となる。ICAでは、ひとりのアーティストを3年にわたり紹介し、その軌跡をオーディエンスに感じさせるユニークな手法を取っている。その一連の彼の作品の中で、ティノ・セーガルは徹底して、実体のある「モノ」を作らない。彼が使うのは「人」、そしてその人の作るシチュエイション、発する言葉や音、ジェスチャー、さらにはそこにうまれる気持ちや、思考、アイディア、人間関係といったもの。
また、彼は写真も含めた作品に関する「モノ」すら一切残すことを好まないため、今回エキシビジョン模様の具体的な写真もここで掲載することはできない。

「モノ」が存在しないため、エキシビジョンへ行く前に読む、プレスリリースもないため、私達の感覚はより鋭くなる。耳をすまし、小さな動きに目をこらす。ICAのすべてのエキシビジョンスペースを一周するこの
ツアーの中で、観客は様々なことを感じ、そして考える。子供がプログレスについて話すこと自体、小さな人間の成長というプログレスを見ることができる。子供から始まり、年輩の女性まで、その年齢が徐々に進化していることにもすぐに気がつくだろう。そして会話と、関係のプログレス、質問を投げかけることから始まり、それについていくつかの視点で考察すること、年齢に応じた経験を基に話し合うこと。さらにはギャラリーとしてのICAの発展や、すぐ窓の外に広がる政治の中心地でのそれ。

ツアーが終わると、カフェでそれについて語り合う観客を多く見かけた。
ギャラリーがクローズすると、そこには何も残らない。それでも、私は誰かに、そこで感じたことを話すだろう。誰かがそれを聞いて、何かを感じるだろう。
そこには、ギャラリーの外でさえ、小さな進化がうまれる。それこそが、ティノ・セーガルの意図したことなのかもしれない。

ティノ・セーガル・エキシビジョン

会期:2006年2月3日〜3月19日
会場:ICA
住所:The mall, London SW1Y 5AH
http://www.ica.org.uk

Text and Photos: Sayaka Hirakawa

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