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マイケル・チョン

PEOPLEText: Taka Nakanishi

『残念だけど、香港にはまだポップ・アートを受け入れ、楽しむ素地ができていないんだ。だか僕は「ブーム」シリーズの発表の最初の場所に東京を選んだ。それは、年代に関係なく、みんなが自然にアートに親しみ、時に生活の一部として楽しみ、なによりアーティストをリスペクトしてくれるところだと信じたからなんだ。』

昨年11月、東京代官山のギャラリー・スピーク・フォーで初個展「ノー・ピース、ノー・ブーム」を開いたマイケル・チョン。そのとき彼は、確かにそう言っていた。『もちろん、香港にもアートを楽しむ沢山の新しい兆候は芽生えている。その可能性を信じたいし、それが早く育って、ぼくの作品をも受け入れてくれることを願っているよ』。

マイケルの願いは4ヵ月後、思いがけない速さで実現した。日本に続き、明けて2003年の1月にはコレットに招聘。絶賛のうちにパリでのデビューも果たしたマイケルに香港のカルチャー誌ミルクが注目。同誌が不定期に行っているシリーズ企画「ミルク・ギャラリー」の第三弾として、ブーム香港凱旋展が決定したのだ。

『「ブーム」というアート作品に、ちょっとだけ機能(作品の一部を動かすと椅子やサイドテーブルに変身する)的な部分を付け加えたのは、作品に思わず触れてみたい、という親しみやすさを与える効果を持たせたかったから。広告やデザイン畑で長年積んできた経験から、自分の作品が人々にどんなふうに受け入れられるかは、よく分かっていたんだけど、でも“お芸術”然として、みんなからはただ驚いて眺められているだけというのは嫌だったんだ』。そして思惑通り、東京の展覧会に訪れた人々から、「ブーム」は完全にアートピースとして受け入れられた。ただし、単なるアートというよりは、ほかのフィールドとのジョイントが多いに期待される、多様な可能性を秘めた創造物として。

一方コレットは、ファイバーグラスでできたこれらの作品を、アート性を兼ね備えた、新しいタイプの機能的な“製品”として認識した。その戦略は功を奏し、ギャラリー部分ではなく敢えて1Fのショーケースに展示された「ブーム」には、発表当日から多くの“買い手”がつき、マイケルを驚かせた。

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