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ツキノワ「ナインス・エレジー」

THINGSText: Akira Natsume

以前GASBOOK5号に登場していただいた AMEPHONE(アメフォン)が、ヴォーカリスト・フミノスケ率いる Tsuki No Wa(ツキノワ)をプロデュースしたアルバム「Ninth Elegy」(ナインス・エレジー)が届いた。このアルバムからは、都会的な夜の音を感じる。それは、雑誌やテレビで見る都会とはまったく異質なものだ。本当の都会的なものには、夜が似合うと思う。山奥が似合うトランステクノは都会的ではない。

フミノスケのヴォーカルは、お酒に酔った僕達や、コンクリートの寒々とした部屋によく響いてくれる。極上のハウスミュージックとも違うし、ジャズともまた違う。阿佐ヶ谷という中央線の沿線にある東京の中の極めてローカルな土地からこの音が生まれた事が、その理由かもしれない。なんとも幸せになれる音、そんな感じ。

以前は、インテリアショップ、イデーのレストラン・ロジャック、バー青山等でライブを行っていた彼等は、今は特定での場所での演奏はやっていない。今後の活動が注目される彼等に、素敵な場所でのライブを期待したい。

今回このアルバムをプロデュースしたアメフォンの(柳川)真法さんに、このアルバムの魅力、アルバムが完成するまでの流れを教えてもらおうと思う。

嘗て訪れた幾多の街角のことを想うのは容易なことである。中国、蘇州(スージョウ)の、大きな橋を渡った先のT字路。シリアはアレッポのバザール。パリのサンドニ門の裏手当たり、娼婦達の立つあの一角(12月の凍えるような寒さのなかで、なおも賄雑な匂を漂わせていた)。

私はマテ茶を一杯いれ、こうして自室の机の上で手を組み目を閉じる。6月の夜吹く風が隣の棟に住まう祖母の家から、洗い物をする音を運んでくる。窓を開け放てば何時でも心地よい。そして記憶のなかのあの土地は常に美しい。2つの異なる場所、それは名ずけ得ぬ一つの甘美さの中で結ばれる。過去はこの夜のすぐ手前まで忍び寄り、やがては私を飲み込むであろう。

微かにカタカタと聞こえてくる音はスージョウの街のはずれを流れる川のたもとで、夕食の支度をするあの女達がたてる音と同じである。たった一つの同じ音。そこから音楽が、未来へと流れていくだろう。

私と、ツキノワのヴォーカリスト・フミノスケは2年前、私たちの大切な2年間が始まろうとする頃に、同じ街の北と南の端にそれぞれ部屋を持つようになった。新参者は彼のほうで、私はこの街の病院で生まれ、母方の一族がここに居を構えて以来50年以上経つ。程なくして彼はこの辺り一帯の顔となり、私に、駅の、高架下に軒を連ねる夜の世界へのてほどきをしてくれた。ある晩、溜まりにしている店に客は我々だけであった。女連れで店にふらりと現われた若い男をみとめ、したたかに酔った彼は私にこういった”奪い取るのは分けないぜ”。

彼はゆっくりと若者のほうに向き直り、火の付いたたばこの吹口を男の肩の上に置いた。こうしたジョークは彼には一切が公認されていたため、この哀れな男になすスベはなかった。

フミノスケはことさら、あの街についての歌を歌ったわけではない。あの忌まわしきジャズの連中やロックを演る若者達は街のそこここで音楽家としての態度を表明していたが、我々は取り合わなかった。我々はただ市民として過ごしていた。肉屋の主人との会話や、コーヒー豆を買いに出ることの中に時折喜びを見い出した。

2年前の冬に私達は音楽を作り始めた。あの美しい街で、一歩も外に出ることなく…。
彼は自分が歌うべき悲しみのありかを知っていたので、わざわざそれを探し求める必要などなかったのである。あの美しい街で、私は彼の歌を聞いたが、それは今でも途切れることなく蘇る。

Tsuki No Wa「Ninth Elegy」
プロデュース:AMEPHONE
発売日:2000年
ASIN:B00005HTTZ
TEL:0425-73-9818(360° Records)

Text: Akira Natsume

[Help wanted] Inviting volunteer staff / pro bono for contribution and translation. Please e-mail to us.
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