漱石アンドロイド演劇「手紙」

HAPPENINGText: Noriko Ishimizu

2018年8月26日(日)に、東京・九段の二松學舍大学で、シンポジウム「誰が漱石を甦らせる権利をもつのか?——偉人アンドロイド基本原則を考える」が開催され、そのオープニングアクトとして、漱石アンドロイド演劇「手紙」が上演された。漱石アンドロイドは「復元された夏目漱石による朗読授業」などといった教育現場での活用を目的に始動した、漱石の出身校である二松學舍大学と大阪大学の共同プロジェクトである。

さらに説明するとアンドロイド演劇とは、ロボット学者の石黒浩と劇作家で脚本家の平田オリザが継続的に発表している共同プロジェクト「ロボット演劇」のシリーズの一つだ。ロボット演劇ではロボットが役者と一緒に舞台で台詞を話し演技をする。2008年には世界で初めて大阪大学で公開され、「あいちトリエンナーレ2010」でパフォーミングアーツ部門の開幕を飾った。ロボット演劇では「いかにもロボット」というビジュアルのコミュニケーションロボットが舞台に上がったが、アンドロイド演劇では石黒研究室が生み出した「ジェミノイド」と呼ばれる、人間そっくりの容姿を持ったリアルなロボットが使われている。


二松學舍大学特別教授・夏目漱石(漱石アンドロイド) © 二松學舍大学

ジェミノイドの見た目は確かに人間とそっくりだが、歩行はできず、上半身の動きにも不自然さが残る。この動作が限定された演者を舞台の世界観に組み込み、加えて「不気味の谷」という、ロボットの姿が人間の外見に近づきすぎると人が不安を感じ始めるアンドロイドが持つ性質を中和させるのが、演出家の存在だ。

「手紙」は女優の井上みなみと、漱石アンドロイドによる2人劇。俳優に対して人の内面を表現することを要求する演技理論を否定し、外的な要因だけで演劇は構成できるという方法論を提唱する平田氏が戯曲を手掛け、演出する。間の取り方や相槌のタイミング、台詞の語順といった演劇的な知恵を使い、さらに俳優が演技で答えることで、舞台上の漱石に人間らしさが帯びる。


漱石アンドロイド演劇「手紙」 © 二松學舍大学

漱石アンドロイドは座った状態での出演となる。井上は、夏目漱石が唯一文学の相談ができた友人である正岡子規を演じた。照明が当たる漱石アンドロイドが置かれた舞台に井上が入ってくる。漱石アンドロイドが発声した。

『え、え、のぼさん、どうして?』

升というのは子規の幼少期の頃の名前である。平田氏によると戯曲「手紙」は、漱石の頭の中か、もしくは夢の中の場面を舞台に描いている。漱石は語学研究のために渡英した際、子規と文通を行なっていた。「手紙」はそのやり取りをもとにした戯曲だ。

今でも残されている漱石の手紙に書かれるのは愚痴ばかりで、反対に子規はひたすら明るく前向きな内容がほとんどだったという。そんな子規が結核に侵され死期が迫ったとき、ネガティブな手紙を漱石に送る。「手紙」の後半ではそのやり取りが描かれ、子規は『僕はもう駄目だ』と弱音をもらすのだ。

このとき漱石はロンドンの楽しい思い出だけを綴った手紙を子規に送った。劇中で読まれる手紙は、実際の手紙の内容に手が加えられたものだが、最後のやり取りで読み上げられた二通の手紙は、文面をそのまま引用している。この漱石と子規の友情のシーンには、グッとこみあがるものがあった。

観劇していて面白かったのは、自分が漱石アンドロイドに対して感情移入していく度合いが、後半ドライブがかかっていったことだ。聞くと男女で時間を経たときのアンドロイドに対する感情移入の仕方が違うらしい。アンドロイドと過ごしていても、男性はいつまでも “物”として接することが変わらないのに対して、女性は次第に生命を持った対象のように感じ始めることが多いのだという。

「手紙」は、近代文学史の中でも重要なやり取りである場面を戯曲化した作品であり、漱石と子規の交流を通じて文豪の存在を身近に感じさせられるものだった。さらに2016年には没後100年を迎え、若者にとって遠い存在になりつつある漱石が、時代を超えて目の前に現れることで学生たちの心に届く存在になり得るだろうという可能性が感じられた。

青年団+二松學舍大学+大阪大学 漱石アンドロイド演劇「手紙」
日時:2018年8月26日(日)
作・演出:平田オリザ
出演:漱石アンドロイド、井上みなみ
漱石アンドロイドの声:夏目房之介
ロボティスト:力石武信(東京藝術大学/大阪大学石黒研究室)
企画制作:青年団、(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場
会場:二松學舍大学 中洲記念講堂 九段キャンパス1号館 地下2階
住所:東京都千代田区三番町6-16
https://www.nishogakusha-u.ac.jp/android/

Text: Noriko Ishimizu

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