ミシェル・ブラジー展「リビングルームⅡ」

HAPPENINGText: Shuhei Ohata

『パサージュはパリによく見かけられる大通りの間をつなぐ小路、屋根のついた商店街を意味します。特にパリにおいてパサージュは芸術家や文化人などのアヴァンギャルドたちが、様々な出来事をもとめて逍遥した“都市の遊歩者たち”のための場所として特別な意味を持っていました。そして同時にこの言葉はベンヤミンによって語られたように「私的な領域が同時に公的な領域にもなりうる場所」の比喩でもあるのです。本展は、フランスに住み、生活する12人の作家たちの作品紹介を通じて、強い個性と私的な領域をもちながら、同時に政治、社会、日常生活の中で起こっている様々な出来事に強くかかわっていこうとする彼らの態度を感じていただこうとするものです。今、次の世紀に向けてアートは大きく変わろうとしています。本展はまさに21世紀に向けての通過道、パサージュそのものといえるでしょう。』

これは1999年に世田谷区立美術館で開催された「パサージュ:フランスの新しい美術」の概要を引用したものだ。国内の美術館で初めて※ミシェル・ブラジーが紹介された展覧会であったことだけでなく、世紀をまたぐ直前に企画された当時の気分や期待とともに、ブラジーの仕事が現在まで一貫した態度で貫いているものも言い表している。

※国内で初めて紹介された展覧会は、同年の1999年「パリのインスピレーション:新世紀をつくる若いアーティストたち」(Bunkamura Gallery, 東京)

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2000年以降、相変わらず過熱しているアートマーケットはアートワールドに影響を与え続けている。一方で、世界が混沌としていく状況に呼応するように、政治的な問題や社会的な問題を具体的に取り上げる作品が日本でも目立つようになった。しかし、どうもそうした作品の多くは批評的な側面しか持ち合わせていないからか、作品としての豊かさがない。時代の波に押し流され、波打ち際に打ち上げられた残骸をみている気持ちになる。

作り手自身がどこか現実に対して無力だと感じているのだろうか、少なくとも制作の動機となるものが自分自身から湧き上がってくるような喜びや感動とは異なる感情の方向に向いているように思えてならない。それも現在のアートの流れの一つだと言ってしまえばそれまでになるが、「パサージュ:フランスの新しい美術」で期待されたアートのあり方は今の時代にも有効なものなのだろうか?それを確認する意味でも、ミシェル・ブラジーの現在の仕事をまとまったかたちで見れる今回の「リビングルームⅡ」は楽しみにしていた展覧会だった。

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