「古道具その行き先-坂田和實の40年-」展

HAPPENINGText: Miki Matsumoto

「古道具坂田」というお店をご存知だろうか。目白の地に開店して約40年、随筆家の白洲正子や美術家の村上隆といった蒼々たる面々が顧客として名を連ねてきた、知る人ぞ知る古道具店である。渋谷区にある松濤美術館でこの秋開催された「古道具その行き先-坂田和實の40年-」展は、その店主である坂田和實氏が直接・間接に関係してきた古今東西様々な品、およそ115点を一堂に紹介する実に意欲的な試みだ。

水中メガネ(日本、昭和) 撮影:ホンマタカシ
水中メガネ(日本、昭和) 撮影:ホンマタカシ

このように書き連ねると、一体どれほど高価で貴重な骨董品が展示されているのだろう、と思う人がいるかもしれない。だが、そのような期待を胸に会場を訪れる人は、肩すかしを食らうことになるだろう。

会場に並ぶのは、錆びが進み刃がかけ落ちて、既に道具としての用を果たすことのできないナイフ、少しでも触れようものなら粉々に砕け散ってしまいそうな江戸時代の質屋の包み紙、割れ目に金継ぎを施されたデルフト窯白釉皿、長く使い続けられるうちに独特の艶を得たアルミの弁当箱といった、長い時の中での変遷を想起させるものから、ドイツを代表する小型電気器具メーカー・ブラウンの計算機、スイスの時計メーカー・スウォッチやモンディーンの腕時計、レトロポップな色合いが何とも言えない昭和時代の水中メガネといった比較的近年の工業製品に至るまで実に様々だ。

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ナイフ、フォーク(オランダとイギリス、14 –18世紀初期) 撮影:ホンマタカシ

一見全く無関係に思えるそれらを繋ぐのは、店主である坂田氏の「選択眼(ものさし)」である。『小さい頃、自分が好きだと思う品物と友達が選ぶものとがずいぶんとかけ離れていて、何か自分の感覚に欠陥でもあるのではと思い悩んだこともある』*1 という坂田氏は、大学を卒業後、商社勤務を経て、1973年に目白に古道具店を開店した。開店初日には道端で拾ってきた折りたたみの椅子を売っていたというエピソードが象徴するように、彼が物を選ぶ基準は、一般に「骨董」という言葉から連想される世界の作法とは大きく異なる。

『さて、残念というか、当たり前というのか、物の美しさは見る人の感受性の範囲内でしか見えません。このことは、見る側が成熟し、自身を確立してゆかないと、いつまでも他人の美の基準や、品物にくっついている肩書きに依りかかって物の美しさを判断することになってしまいます。今回の展示品には詳しいキャプションが付けられて居りません。もちろんこれは私の怠慢と不勉強によるものなのですが、実は、一人一人の自分のモノサシで物と対話をしてほしいとの願いでもあります。』*2

各人のモノサシで物と対話をしてほしい - そう語る坂田氏のアヴァンギャルドなアプローチは、「芸術新潮」誌上で1999年から2003年まで行われた連載「一人よがりのものさし」を通して各方面から熱い注目を集めることになる。坂田氏が自身の店で取り扱っている商品を毎回一点取り上げ、その出会いから魅力に至るまでを紹介するこのエッセイでは、いわゆる一般論は最小限に抑えられ、それぞれの物に宿る物語が、坂田氏の真摯な眼差しとユーモラスな言葉で紡ぎ出される。既存の価値観に安易に迎合せず、常に伝統を刷新し続けようとするその姿は、利休や柳宗悦、青山二郎、白洲正子といった、歴代の目利きの系譜に連なるものと称せられ、1994年には千葉県長生郡に「museum as it is」という私設美術館を開くなど、実にユニークな活動を展開している。

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