シャン・ジン

PEOPLEText: Emma Chi

中国及び世界においても、アート界で活躍する女性アーティストはまだまだ少ないが、シャン・ジン(向京)はその中の一人である。1968年生まれ、中央美術学院の彫刻科を卒業。彼女は近年突如現れた実力派の女性彫刻家である。着色したFRP(繊維強化プラスチック)を用いて、女性の成長、不完全であるが真実の人生を表している。彼女の彫刻作品は生活に近づくことで緻密な表現になり、それにより多くの人の注目を集め、アートマーケットでの評価も高い。現在彼女は故郷の北京に戻っている。上海で過ごした10年の間に自分の創作の方向性を確立したことによって、「私たち」、「静寂の中心」、「あなたの体」、「解き放つ者」等の代表作は誕生した。

向京

あなたのインスピレーションの源はどこにあるのでしょうか?

私がアートを始めたのは、もっと世界を知りたいと思ったことに端を発しています。小説家で美術評論家のジョン・バージャーは「イメージ Ways Of Seeing – 視覚とメディア」という本の中で、『私たちはただ一つのモノを注視しているだけではなく、常にモノと自分との関係を考えている』と述べています。私たちが言っている世界というのは往々にして “私”と関係のある世界を指しています。その世界の始まりは自分が見たもの、遭遇したもの、経験したものと関係があり、繰り返し自分という存在を確認する過程でもあります。私はよく自分の作品を鏡に例えます。鏡は誰かがその前に立つと、その人の姿を映します。それと同じで私が作品と向かい合うとき、作品は私を映し出します。このように考えると、私は特別に女性ということを意識している訳ではありません。しかし自分自身が女性なので、そこを入り口にするのはとても自然で無理の無いことなのです。ある種のセルフケア的意味合いがあるのかもしれません。

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あなたが年齢を重ねることによって、作品が内包する精神性も変化していると思いますか?

変化していると思います。年齢を重ねるに連れて世界の範囲は版図の様に拡大し、私が知る世界の形も変化しています。例えば、創作を始めた頃の私の世界は二元対立的で、私が(外に向かって)伝えようとするのと、(自分の内に)力を得ることは対立した存在でした。当時の主な2つのテーマは“侵略”と“禁足”で、外部世界の侵略と内なる世界の閉鎖を描くに過ぎませんでした。その後、「あなたの体」と「処女シリーズ」という一連の作品を制作する中で得た成長が外部世界の知識を広げました。以前自分を犠牲にして抵抗していたものも微々たる力で抵抗していただけではないかと考えるようになり、何故抵抗していたのかも分からなくなりました。それから世界の様子や構造、権力の構造には狙いや目的があることなどをより理解しました。身体を用いた一つの命題として、あるグループと世界との関係を説明することができます。身体は自然属性ですが、社会権力の仕組みの中では単にそれだけではありません。この両刃の剣を使って力を発揮することもできますが、これも普遍的観念の習慣を用いてその観念に挑戦するということになってしまいます。

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もう少し具体的に聞きます。例えば作品「いったい、君を奏でているのは百人なのか?一人なのか?」についてはいかがですか?

「いったい、君を奏でているのは百人なのか?一人なのか?」を含む「裸シリーズ」は、私自身と同類のグループに目を向けたもので、このシリーズの本当のテーマは単純な性別ではなく人間性そのものです。なぜなら私は自分が生存している現実の中で起こる多くの困難を理解することができるし、これらの決して個人的ではないテーマについて考えることもできるからです。また、このような生存そのものと関係のある共通のテーマを以て観客を自己観察に導き、それをゆっくりと自覚へ変えることができると知りました。自覚することは根本的変化を発生させる最も重要な要因であり、成長の根本的要因でもあります。どのように自己の属性をとらえ、また存在の事実をはっきりさせるのかというのは、とても重要なことです。病気を治すのに病原菌を見つけ出すのと同じで、痛みを感じた時に、どこが痛いのか、何故痛いのかを知ることで初めてその痛みが本当になり、こうしてやっと更に深いレベルに進むことができます。私はアートというのは一種の眼差しであってほしいと思います。それをどこかに向け、存在そのものに対して痛みを伴う接触をすることで、関心や愛情を伝えられると思っています。

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あなたの作品の中の女性は美しくないように見えるのですが…

私は、私の作品の女性は皆美しいと思っています。しかし、その美しさは伝統芸術の中の審美ではなく、また現代のファッションモデル的な美しさでもありません。確かに私には現代において現代人を映し出し、雑誌や広告、チャートや流行によって覆い隠された人間性を明らかにしたいという願望があります。また“報道”を信用するのではなく、観客には私の作品の前に立ち、私のつくり出した“人”と対面し、自分の魂を見るように“彼女”を見てほしいと思っています。

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ある報道によると“シャン・ジンの作品は女性に注目しており、真実を以て魂を表している”と評されていますが、真実とは何でしょうか?

ここでいう真実とは、現実を再現することを指すのではありません。私が興味あるのは、観客の敏感な触覚やアートそのものの知性を呼び起こすことです。アートとはただ展示室の中に飾られた作品だけでなく、人間性を映し出すモノでもあると思います。

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女性というテーマはやはり大事なポイントですか?

女性のテーマとなると、また先ほどの狙いと目的の話になります。ある種の権力構造に焦点を定めたとき、私は回避する方法をとります。これは一般的によく見られる理解しやすい対立方法です。その後私はこのようなコンテクストの中では回避とは意味の無いことだと感じ、「何故自分は女性の体という繰り返し表現されているテーマを扱うのか?」「女性の身体というのは芸術史の中でどのような位置づけをされていたのだろうか?」「女性アーティストはみな敏感だが、特に性別問題に関しては更に敏感。私の本能の基本的立場は一体何なのだ?」というようなことを自分自身に問いかけるようになりました。もちろん私は女性の視点でこの世界を見ますが、単純な政治的性別の問題というだけではありません。この疑いようの無い前提のもと、私は今女性という立場で話をしています。話しているのは、女性はどのように考え、どうのように見るのかといった内容で、これらは私の作品の基礎の一要素となるものです。私は決して芸術史の中で語られてきたような女性ではありません。少なくともこのようなレベルにおいては、女性の身体というものが俗っぽいテーマだとは思いません。私が言いたいのは、このことは(私が)“一人称”で述べたのであり、これもまた“真実”の一部であるということです。

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素材選びは表現力を高めるのにどのような役割を果たしていますか?

ほとんどの場合、私は一般的なFRPを素材として使っています。人物彫刻を作ることが多く、FRPと皮膚の色身がよく似ていると思いこの素材を選びました。FRPはあまりクセが無いので、あらゆる方法で改良することができます。私も着色など新しい方法を試しています。手作業、普通の材料、普通の技術、私は素朴な方法でアートをつくるのが好きです。また、重要なのは人であって材料や技術はそれを助ける存在に過ぎないということを証明したいと思っています。
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Text: Emma Chi
Translation: Daiki Kojima

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