ピエトロ・ロッカサルバ展

HAPPENING


ピエトロ・ロッカサルバが、イタリアのメーカー「フルラ」主催の現代美術に対する賞を受賞してからおそらく初めてになる彼の個展は、簡単にはアクセスできないことになっている。ミラノ北部にあるギャラリーの入り口は固く閉じられていて、入るのを待っている人々はひとりずつゆっくりと、巨大な赤いバスケットでガレリアゼロのバルコニーに上げられる。

半ば強制的ともいえるひとりずつの訪問は、ほとんど何もないスペースからはじまる:壁にはたったひとつの絵だけが架けられ、出口の手前では、その前のインスレーションとの対比で、ぼんやりと照らされたアーティストのポートレートがある。外では、底なしの赤い池に逆さまに立っているギャラリーのアシスタントが個展のプレスリリースを配っていて、通常は公には公開していないギャラリーの地下の物置までホストを誘導する。

最後の仕掛けは、前の赤い池で遭遇した女性のポートレートが近くに位置しているフロアーで、そこでは水平の壁面にロッカサルバの作品が掲げられている。アートフェアで販売されたことを示すシンボルの拡大化されたヴァージョンと、この厳格に編成された寓話的な物語の結末はそれとなく言及される。

アーティストが創造した古典的なアトリエの拡大としてのインスタレーション、つまりゾロアスター教の若返りのカルト信仰(彼の作品の重要な要素)というイスラム教の異教徒のヴァージョンは突然に観客に知らされることになる。我々は絵描かれた図像に変換するか、あるいは進行中の組み合わせによる周辺的なメカニズムとして排他されることが可能なテーマの組み合わせの出現を手伝うことになる。

『これは、ある意味で、劇的場面の対極である』とロッカサルバはコメントする。『この場面は、絵画の中におさまる前の少しの間、理想的に固定される』観る者はそこに参加するように招かれるが、少なくとも動的な存在として配置されることは望まれていない。『私は参加に関する誤解を避けたい。ここには参加の形式はないが、rapimento—つまり“誘拐”と“狂喜”という2重の意味を持つイタリア語なのだが—があり、それは決して対話形式ではない。』

ロッカサルバが両方の作品に対して言及するとき、そして現実化するときに繰り返されるキーワードは“natura morta”—つまり静物(still life)という意味だが、イタリアの文語の意味としては“死んだ自然”—つまり赤いバスケットの中の余韻で、ここでフルーツの代わりとしての人間の起源と、捨てられたプロトタイプの集積から派生した蒸留されたアートの考えが内包される。『私は、この永遠の堕落を形にするために、終わりの感覚の音楽性をしっかりとつかみたい。この展覧会の終わりにある絵ですらも、間違った出現の思い出の集積の残余を見せたものに過ぎない。』

ピエトロ・ロッカサルバは、ロンドンの「ハンチ・オブ・ベニソン」で7月に開催されるグループに参加する予定だ。そして10月にはゲントでも個展を開催することになっている。

Pietro Roccasalva
会期:2005年5月1日〜31日
会場:Galleria Zero
住所:Via Ventura,5 Milan

Text: Francesco Tenaglia
Photos: Courtesy of Galleria Zero
Translation: Ayako Yamamoto

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