ムーン・ウォーター

HAPPENING


眩しいくらいの白と、底がないくらい深い黒。活発に動く体と、微動たりしない体。事実と、それとは裏腹の表面。バッハの曲とシンクロする太極拳の動き。これらはすべて、ムーン・ウォーターというダンスパフォーマンスの中で見られる、相反するもののほんの一例だ。ムーン・ウォーターは、道教信者の哲学に基づいた、詩的情緒を漂わせる表現方法。パフォーマンスを通じて、相対物、現実、時間といったものが表現されている。

ダンスの動きは、太極拳のそれから取り入れられており、人生の中での努力を必要とする面、そうではない面を表現している。構え、動き、それを拡張する、というパターンで動きのひとつひとつが作られる。そしてこれが、バッハの曲に乗せて織り成されるのだ。呼吸、音楽のリズム、そして動きがひとつのハーモニーとして調和するのである。

各章がそれぞれに、優雅さ、キャラクター、そしてバランスとともにオーバラップし続行させるようなシーンとしての役割を果たす。存在という鏡を通じて、現実とは何かが問われ、それがパフォーマンで明らかにされるのだ。それぞれ個人が持つ見解だけではなく、胸に秘めた思いにいたるまで、さまざまな見方やアングルを作り上げていく。

バッハの曲の役割もかなり重大。盛り上がる場面を誇張するだけではなく、ダンサーの動きに深い静寂を残したりもする。ステージ上にある能筆のセットのインパクトに負けじと、自己の葛藤、昂揚、動揺、そして静穏といった感覚を、バッハの音楽が作り出す。

現実というものは、水の存在を介してしまうと、更に曖昧なものになってしまう。それがステージ全体に染み渡り、徐々に全体が水で満たされていく。水が流れ、ダンサーの動きでその道筋ができ、新たな動き、光り、音がそこから生まれる。水から聞こえる不思議な音は、エコーとなってコンサートホール全体に広がる。そのことが、パフォーマンスの激しさを増すのに繋がるのだ。

このステージ全体の投影を形成しているのが鏡である、というのが明らかになった場面が、このパフォーマンスのクライマックス。水の中のダンサーやイメージのリフレクションが、巨大なディスプレイのように映し出される。動きのひとつひとつが、キャンバスの上の絵の具のようにいきいきとその色を発色させる。

パフォーマンス終了後は、質問を投げかけることができるセッションも開催。このプロジェクトや、振り付け師のリン・ワイ・ミンの心の中にあるインスピレーションやアイディアについて、質問が集中した。和やかな雰囲気でありながらも、刺激的なムードの中終了したこのセッション。オーディエンスが、思わず月を眺めてしまう、そんな内容だった。

MOON WATER
Cloud Gate Dance Theatre of Taiwan
会期:2003年2月28日〜3月1日
会場:Theatre Esplanade – Theatres on the bay
www.esplanade.com

Text: Fann ZJ From npsea Enterprise
Photos: Courtesy of Esplanade
Translation: Sachiko Kurashina

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