デコール・スクワット

PLACE


コリアタウンのど真ん中にあるデコール・スクワットは家具卸店が並ぶ殺風景なウェスタン通りの一角に位置する。人通りの途絶える夜、車でこのエリアを通れば搬入のために泊められたトラックの合間の思わぬ人だかりを見逃すことはないだろう。どこからともなく音が聞こえてきたら、確信を持っていい。車を停め、住所の無い階段を二階ヘ上れば、西洋文化の下落そのものを目の当たりにすることになる。入り口で手の甲に書かれた「x」印がその場に居合わせた輩の一夜限りの連帯を示唆するかのよう。そう長くは続かない連夜の催しは腹の底のかすかな緊張に値する、究極の「今、ここ」的経験となるはずだ。

ヨーロッパなどでは、まだまだ名を馳せるスクワット(不法に居住すること)だが、ロスでのそれに出会うのは初めてだった。そしてその夜の経験は期待を裏切らなかった。間に合わせの家具が無造作に置かれ、ベニア板で継ぎはぎの壁はグラフィティに覆われる(アンチ企業のスローガン、お決まりのわいせつ用語など)。「ストレート・エッジ」(菜食主義<多くの場合ベガン>の上、酒、たばこ、ドラッグを一切拒否し、黒いミニマルな衣服に身をつつむ、一種の左派理念)とスプレー缶でペイントされた壁の前のごみ箱には、矛盾をつくように Olde English(一番安い、質より量の発泡酒。 北米の BYOB (Bring Your Own Booze – アルコール持参) のパーティ定番のアイテム)の空き瓶と、タコベル(メキシカン・ファーストフード)の包み紙が捨てられている。そして何よりシーンを彩る「キッズ」達。きいたところによればここには4人の「住人」を数えるというデコール・スクワット、残りはどこからともなく口伝えでイベントを聞きつけてきた面々だ。

「住人」の一人、ジョニー B.A.J.もパフォーマーの一人。 彼の言葉の連打と DYI (Do it yourself) なビートは、 80年代のヒップホップ精神の再来と言っていい。蛍光灯に照らされた狭い部屋で、コード付きマイクを握りしめ、スケートボードを乗り回す。彼を皮切りに4組のバンドが演奏予定の今夜、部屋の片隅では次の2人バンドがアンプをつないで待機している。真のパンク精神が囲いのないステージの有り様にあらわれる。その「ステージ」を降りてきた B.A.J.にスクワットの歴史を訊いてみた。二十代半ば、柔らかい物腰で話す B.A.J.によれば、ここは麻薬中毒者の巣窟だったとか。家賃支払いがいつしか停滞し、やがて彼らは立ち退きを強いられる。自転車メッセンジャーをしている現「住人」の一人がこれを聞きつけて、 B.A.J.と数人の仲間達と入居手続をとばして住み始めたという。1階に住む韓国人のオーナーがやがてそれに気づき、彼らを追いだしにかかると、彼らは荒れ果てたスペースの修繕を約束。しかし大家の態度は嫌悪を増し、一度ぶつかったようだが、結果として大家がしっぽを巻いて逃げ帰った形になり、面と向かったいがみ合いはぱたりと止まった。そして少しもしないうちにスペースには公式の立ち退き命令が貼られることになる。しかしそれが施行されるには数ヶ月の期間を要する。そのギャップをうまくついたのがこのデコール・スクワットというわけだ。

デコールの余命はカウントダウンを始めている。でもそれを憂うこともなく、楽観的空気がそこには流れる。「今を生きて何が悪い?」 B.A.J.とその友人達にはもちろん家賃を払う義務がない。ロスのダウンタウンのグランジスペース「the smell」でのラインナップが一時的にここに移動した形となっている(消防法違反で現在改装休業中)。どれだけ音を出そうが、どんなに暴れて空間を荒らそうが、今を楽しむ彼らはお構いなし。最後の爆弾が落とされるまで、宴は夜な夜な続く。

Text:Brian Webb
Photos: Aya Muto from New Image Art Gallery

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