シリアル・エクスペリメンツ・レイン

THINGSText: Chibashi

この原稿を読んでいる人は(よほどの事情でも無い限りは)、みんなインターネットに接続している状況にあるだろう。そして、その中の多くの人は自分のメール・アカウントを持ち、Eメールによって色々な人とコミュニケーションを取っているに違いない。

ある人はホームページを開き、見えない他者に向かって情報を発信しているかもしれないし、BBSやチャットに参加して、直接は会ったことの無い人と会話を楽しんでいるかもしれない。
「見えない」ということがコミュニケーションを味気ないモノにしているかというと、決してそんなことはなく、だから今も急速にネットにアクセスする人口が増え続けている。それは、顔が見えること以上に重要なものをネットでのコミュニケーションで得ることが出来るからだと、多くの人が認めているからなのであろう。

そのうち映像や音声、言葉を介さないネットワークが登場したとしても、人がその次元にシフトすることには、そんなに時間はかからないかもしれない。コミュニケーション・ツールは、単に人が潜在的に持つコミュニケーションの可能性を常に具現化しているだけなのだから。

serial experiments lain」(シリアル・エクスペリメンツ・レイン)は、TV東京やAT-X等の限られた枠で放映されているにもかかわらず、またたく間にインターネット上で話題を呼んでいるアニメ作品である。11月12日には同名のゲーム(Play Station用)が発売されることになっていたり、アニメ雑誌「AX」でも連載企画が進行したりというメディアミックス展開もしている。

しかし、アニメとゲームが連動していたり、雑誌でも連載していたり、ということ自体はあり得る事なのだが、この作品の場合そういうよくあるメディア・ミックスではなくて、全く新しいビジョンを僕たちに投げかけているのだ。
それは、強烈なまでの「今」に対するリアリティ、そして未来に対する予言なのかもしれないと僕は考える。この話は「近未来の今よりネットワークが発達した社会」という設定になっているのだが、そこに立ち上がるヴィジョンは「今」そのものである。
「レイン」という少女を通して、あるいは「レイン」が生きている世界を通して、僕たちは新しいという感覚よりも、今ネットワークに接続している自分自身にリアリティーを感じるだろう。

重要なことは、「serial experiments」(連続する・実験)と銘打たれたこの作品は、従来の価値観で理解しようとするべきものではなく、その「実験」に参加しながら僕たちが自分なりのリアリティーをそれぞれに獲得していく、そういう作品なんだということだ。

Text: Chibashi
Translation: Yasumichi Takase

【ボランティア/プロボノ募集】翻訳・編集ライターを募集中です。詳細はメールでお問い合わせください。
コントワー・デ・コトニエ公式通販サイト | 2016 SUMMER SALE
MoMA STORE