モジョ・クラブ

PLACE


モジョ・クラブ」は、ハンブルグのいくつかある洒落たナイトクラブのうちの一つ。1991年にオープンして以来、ショップ、ラウンジクラブ、レコードシリーズ等、様々なサイド的な活動を展開して来た。このクラブの設立者の一人である レイフ・ニュースキに、モジョ王朝の歴史についてお話を伺った。

原点は音楽だった。当初、彼等はそれを「ダンスフロアー・ジャズ」と呼んでいたのだが、とにかく音楽だった。60年代から70年代までのジャズで、ダンスにはとても適している。この種の音楽をかける、ということは当時90年代初頭のクラブ、及びダンスシーンでは新しい試みであった。と言うのも、60年代ではそのようなスタイルの音楽は海を渡ったアメリカでしか聞くことができないものであったし、70年代においては、巧みに演奏を繰り広げるミュージシャンを真剣に聞くような理知的な人が、踊る代わりに、この種の音楽を好むのが殆どだったからである。したがって、本当に「今だ」と彼等が確信できるまで、オーディエンスをこの音楽に引き込む為にパーティを何度も、そして違う場所で開く必要があった。

「リーパーバン」という通りがハンブルグにある。そこは、ハンブルグでは、ホットで娯楽に満ちたパーティーディストリクトである。彼等は、そこに部屋を見つけた。その部屋は、かつて楽器屋であったことから、クラブを作るには良かったのかもしれない。音響システムを貸り、ムード演出の為に60年代のジャズ・ミュージシャンのイメージと共にスライド・プロジェクターをインストールした。当初は土曜日だけのオープンだったこのクラブ。しかし、すぐに何かを秘めたDJ達の目に止まり、金曜日に更に現代的な要素を持つジャズを主に流すようになった。そのジャズを、エレクトリック・ジャズと言う。

このクラブを人は「モジョ・クラブ」と呼ぶ。モジョとは、カリブ海のブードゥー教の中のポジティブな魔法のようなもの。この言葉はジャズ音楽の中ではよく見受けられ、親しみがあるのでクラブの名前にしたのだ。ニュースキの友人でもあるマリオン・シュネルがロゴを制作し、フライヤーに関してはビジュアル・アイデンティティーの最初の一歩として「セリフフォントは絶対に使わない」といったような基本的なルールを課した。

92年には、中古、かつレアなレコード、古着、クラブクチュールを売るショップをオープン。それらの殆どがイギリスからのもので、ハンブルグでは、ここでしか手に入らない。彼等のスタイルはモッズ系志向であり、昔、学校で使ったようなアディダス商品にも近い。バリカンさえも販売しているこのショップ。クラバーのライフスタイルを満たすことのできる全てがここに揃っていた。

92年は、ダンスフロアー・ジャズ・サンプラーである、ザ・ファースト・モジョ・クラブをリリースした年でもあった。それには、ジミー・スミス、ロイ・エアーズ、ジェームス・ブラウン、クール・アンド・ザ・ギャング、ニーナ・シモンといったアーティストの60年代から70年代初頭までに作られた、あまり知られていない曲が収められている。レコードリリースは大成功で、今ではシリーズ化しており、今年の夏には10作目をリリースする予定だ。クラブは有名になった。人々はクラブの前で入場の列を成し、DJはドイツ中をツアーするようにまでなったのだ。

95年から96年にかけては、変革の時だった。ショップは閉店され、モジョのスタッフは、更に音楽とクラブに力を入れるようになる。ドラムとバスが導入され、ほぼ全員に近いメタルへッズのDJ、クルーダーの新しいログ・イン・ミュージック、モジョ・クラビングを更にフレッシュにプレイしてくれたドルフメイスターを招いた。レコードシリーズの第二弾(「エレクトリック・モジョ」)は、2つのヴォリュームと2つのリミックスアルバムで始められた。モジョ・クラブとしての厳しい組織的なアイデンティティーを確立したのは、ラファエル・マリオンヌである。これは、クラブ自体に確固としたアイデンティティーを与えることになった。また彼は、彼独自のクラブナイトをモジョで行う。水曜日は「ル・カフェ・アブストレイト」の日。たくさんのソファーがクラブに運ばれ、リラックスできる、かっこいい曲が流れているのだ。

モジョ・クラブの隣は家族経営の中華料理店、「マンダリン」だ。料理を売ったりサービスしたりする代わりに、アジア方面の旅行の販売、アジアのポルノ製品のコピー、レストランのホールで散髪をしたり等して経営をしていた。しかし99年、家族はまるでまだ彼等がそこで生活しているような状態のまま突如、姿を消した。そこで、この空いてしまったスペースを何か特別なことに使えないか、と考えたのがモジョのスタッフである。「ザ・マンダリン」という名付けられた最初の大きな部屋に「踊らないクラブ」というのを作った。ソファーと木製の小さい敷居が個室を作っているが、小さいユニットの中にある部屋、という感じではない。

クールでレトロな現代的な家具には、巨大な竜が赤いギラギラとした目で天井にいるような多くの中国的の崇高な駄作が散らばっている。ザ・マンダリンでは絶妙な味のドリンクと刺激的なラウンジミュージックを楽しむことができる。オープンから一年後には満員になる程人を集めるようになったザ・マンダリン。そこでバックルームを静かなオアシスとして更にプライベートなクラブとしてオープンさせた。ここに行くには、特別なキー・レベルが必要になる。それと引き換えにそこでは、もっとリラックスすることができるし、お望みなら周りを囲む家具の趣を融合させるようなテレビゲームで遊ぶことも可能なのだ。

2週間前に3店目のクラブがオープンした。その名も「マンダレイ」。今回もダンスフロアーがあるクラブなのだが、その名前、スタイル、そして音楽はマンダリンのラウンジの雰囲気に近いものがある。私たちは先週末に実際に行ってみてそれを確かめて来たのだが、フライヤーやポスター等の宣伝もしていないのにも関わらず、そこに集まった人の多さに驚いた。オープンを待っている部屋があと2つあるんだ、とレイフが教えてくれた。どんな部屋が待ち受けているのか、私たちは興味津々なのである・・・。

Mojo Club
住所:Reeperbahn 1, 20359 Hamburg, Germany
ana@mojo.de
http://www.mojo.de

Raphael Marionneau
住所:Revaler Strasse 46,20099 Hamburg, Germany
design@etrema.de
http://www.etrema.de

Le Cafe Abstait
info@abstrait.net
http://www.lecafeabstrait.de

Text and Photos: Andrew Sinn and Daniel Goddemeyer
Translation: Sachiko Kurashina

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