オーディウム

PLACEText: Kanya Niijima

たまたま聞いていた日本の某FM局から、ホロフォニックスという技術を使用した3D音響のデモが流れていた。もう10年以上も前の話である。ヘアカットをシミュレートしたこのサウンド・デモを、ラジオDJが勧めるように自宅のヘッドフォンを繋げて聞いてみたところ、ハサミが髪を切る音が、上下左右、そして前後に実際に動いているような、奇妙な体験を今でも覚えている。一般のステレオ方式による音響を超えたリアルな臨場感が、子供ながらに大変興味深かったのだが、ホロフォニックスとの出会いは、そのほんの5分たらずのラジオのエアーで終わってしまい、その後再び耳にすることはほとんどなかった。


© Audium

そんなたわいもない昔の記憶の一片をノスタルジックに思い出させてくれたのが、今回紹介する オーディウムと呼ばれるシアターである。サンフランシスコの中心部からほど遠くないロケーションにあるこの施設は、3次元スペースと音響の密接な関係を体感できる、世界でも稀な存在の「音」のミュージアムである。レニー・クラビッツのビデオクリップにでてくるような、レトロ調のドーム型をしたオーディウムのメインルームには、169にも及ぶ、様々なサイズのスピーカーが天井からフロアーまで四方いたるところにビッシリと埋めつくされている。オーディエンスは、円形に設置されたリクライニングチェアーに座り、空間を上下左右に飛び交うサウンドパルスを楽しむといった具合だ。


© Audium

一般に3D音響体験というと、ドルビーサラウンドを駆使したハリウッド映画やエキスポ等をイメージするが、この オーディウムシアターとそれらの違いは、音に伴う映像が意識的に排除されているという点だろう。セッションが始まると同時に、ドームの照明は全て消され、観客は完全な闇につつまれた環境に身をまかせる事になる。全く何も見えない状態で周囲を動き回るサウンドの数々は、予想以上に強烈な体験をかもしだす。49人を一度に収容するこのスペースを、他の観客と一緒になって共有しているにもかかわらず、オーディエンス一人一人は、まるで周囲から遮断されたような孤立した感覚に陥るのである。

「耳と想像力を持参してください」というシアターのキャッチフレーズのとおり、暗闇の中で繰り広げられる、目に見えない音の彫刻は、全身の感覚を敏感にし、頭の中のイマジネーションをフルに増殖させる。いわば、脳にダイレクトに伝わってくる音に反応して、体験者がそれぞれ個人的なリアリティーを頭の中でつくりあげる、といったところだろうか。あえて例えるなら、アフターアワーズの朝5時、爆音で響くベースが延々と神経を麻痺させている時間とか、クラシックコンサートでの、ピンと張りつまった無音の瞬間、あるいは、シンクロエナジャイザーのゴーグルが目の裏に写し出す、疑似ドラッグのような光のパターンを初めて見た時の興奮に、このオーディウムの音と空間がつくりだす体験は似ているのかもしれない。中には刺激が強すぎて、しばしエモーショナルになるお客さんもいるとか。要注意である。

Audium
住所:1616 Bush St., San Francisco
休館日:日・月曜日
TEL:+1 415 771 1616
https://www.audium.org

Text: Kanya Niijima
Photos: Courtesy of the Audium

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