パリ 1998

PLACEText: Mathieu Araud

過去数年ですっかり様変わりしたパリ。近頃、パリジャンは観光客でごったがえす凱旋門やノートルダム大聖堂といった喧噪から離れて、週末の一時を過ごせるような美しい場所を探している。

この2、3年の間、パリでは興味深い実験が行なわれていて、毎週日曜日の午前9時から午後4時までセーヌ川沿いにパリを走る豪華さで知られる高速道路を閉鎖して一般の歩行者やサイクリスト、ローラー・ブレーダーに解放し始めた(冬はこのサービスがないが)。この試行はあのニューヨーク市のセントラル・パークでの行ないに触発されてのものだが、パリジャンの間に好評だ。

同様にパリをパリジャンの手に取り戻すという試みで、市は現在パリを横切る数キロにもわたるサイクリング・ロードを建設中だ。このサイクリング・ロードは以前はバス専用ラインと乗用車専用ラインが引かれただけのサイクリストにとっては危険な場所だったが、つい2、3週間前にパリの北東にあるその一部が完成した。この完成とともに、市はセントマーチン運河を再生させようとしていた。それが功を奏して、寂しげだったパリ10区や19区は今や生き生きとして見える。

運河をラ・ヴィレット公園に向かって歩けば、真新しい映画館「14ジュリエット・シュル・セーヌ」に差し掛かる。この独立系の映画館は外国映画(アメリカ映画はなし)やフランスのドラマなどを見せてくれるし、ここにあるカフェはコーヒーとチョコレートケーキで時間待ちをするのに最適というわけで大盛況だ。

さらには道沿いのホテル・デュ・ノール(北ホテル)。このホテルはフランス映画界の巨匠マルセル・カルネが1938年の映画「北ホテル」のセットとした所で、ルイ・ジュベが女優アーレッティと口論となるのは、このホテルの前で撮影された。このシーンこそ、フランス映画において最も有名でフランス人なら誰でもその会話を暗記しているほどだ。

一帯の運河、橋そしてこの北ホテルも1938年にスタジオに作り替えられ、数年前には駐車場となってほとんど今では面影を残してはいないが、自然発生した人々の行動でその有名な字面を冠した建物を保護し、記念碑までが建立された。今では、新しいオーナーがカフェとレストランにリニューアルさせ、毎週日曜日にはジャズの演奏が行なわれている。

通りを隔てて、建っているギャラリー・ゼン・コピーライトは、今や30人からなるアーティストによって占拠(完全に非合法)されている、かつてフランス化学協会の本部として使用されていた巨大な空間だ。彼らは平日に作品を制作し、週末にそれを展示しているのだ。しばしば、バンドを組んでライブをやってりしているようだが、アウトローっていうのも楽しいものだ。

Text: Mathieu Araud
Translation: Satoru Tanno

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