第19回 文化庁メディア芸術祭

HAPPENINGText: Takashi Ichikawa, Mariko Honjo

エンターテインメント部門で大賞を受賞した岸野雄一の「正しい数の数え方」は国立新美術館内に作者の世界観があふれた一つの舞台小屋が作られ、その中で1日に1〜2回、実際にパフォーマンスが行われており、取材当日の会場は満員で大盛況だった。パフォーマンスは子供向けの音楽劇として製作され、人形劇+演劇+アニメーション+演奏という複数の要素で構成されている。

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岸野雄一「正しい数の数え方」上演風景

物語の舞台は1900年のパリ万博であり、そこで、主人公とこの舞台を見る観客に巻き起こる事件をきっかけに、主人公が旅に出る冒険物語である。演劇は主人公と観客との間でインタラクティブなやりとりもありつつ、人形劇や歌など、終始アナログな手法で行われていくように見える。また、大人の観客からすると物語の帰結部分をある程度想定しながら見ていくのだが、最後にはその想定は裏切られ、「大人としての視点から舞台を見ていた」我々にも向けられた舞台であることを認識することになる。

その内容自体はぜひ実際のパフォーマンスを見て欲しいが、一見アナログな手法で作られた様に見えたその舞台は、実は最先端の技術と多彩なクリエイターの融合によって下支えされて作り上げられたというから驚きだ。岸野雄一は自らを勉強家(スタディスト)と呼んでおり、最先端の技術を学んだ上で、それらを如何に使用せずに対抗できる表現を作り上げるかということを、模索しているという。その長年の勉強と追求に培われたこの作品が大賞に選ばれたことによって、メディア芸術祭が持つ多様な評価軸を垣間見るができる。

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東村アキコ「かくかくしかじか」展示風景

マンガ部門大賞の「かくかくしかじか」は、作者・東村アキコの高校時代からプロの漫画家になるまでの半生が描かれた自伝エッセイ漫画である。昨年第8回マンガ大賞を受賞するなど、既に各所で高い評価を得ていた作品だが、今回晴れてのマンガ部門の大賞受賞となった。「プロの漫画家になるまでの半生」と書くと特殊な職業を選択した個人の経験談と感じるかもしれないが、当漫画で描かれている作者の数々なエピソードは、多くの人が人生のどこかしらで経験したことばかりなのではないだろうか。自分の才能に自惚れていた若かりし頃、恩師と呼べる人との出会い、大学受験、遊んでばかりだった学生時代、希望しない職場で働いた経験、同業の友人たちと過ごす時間などなど枚挙に暇がない。また、作者は受賞時に『(前略)…私の恩師というか師匠との思い出を、ただ、思い出すまま何も考えずに描いたこのマンガ…(以下略)』とコメントしており、このノスタルジーから一歩引いて客観的に作品化する姿勢が、パーソナルな物語を、多くの人の心を動かす普遍的な作品として成立させているのではないだろうか。

さらに、当漫画が多くの人に受け入れられているのには、自伝エッセイ漫画という他にも様々な要素を持ち合わせているからだと感じる。ギャグマンガでもあり、美大を目指す人・プロの漫画家を志す人たちへの指南書でもあり、働く人たちへの厳しくも温かいエールでもある。そして何よりこの作品が、作者が恩師から学んだ「とにかく、ただひたすらに描く」ことをまさに体現していることに感動を覚える。

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