MOTアニュアル 2012「風が吹けば桶屋が儲かる」

HAPPENINGText: Miki Matsumoto

作家活動と並行して翻訳業も行う奥村雄樹は、今回、映像作品における字幕(翻訳)というテーマに迫った。展示されたのは、ジュン・ヤン、田中功起、ライアン・ガンダー、サイモン・フジワラという国際的に活躍する4名のアーティストが過去に発表した映像作品(*3)であり、奥村氏は日本語字幕の制作という形で各作品に関わる。
*3 なお、田中功起氏、サイモン・フジワラ氏の2作品に関しては、今回初めて日本語字幕をつけて展示された。

ゴーストライターを巡る議論や、作家の新作のアイディアを友人らが代理で考えるものなど、各作品はそれぞれに主体性やオリジナリティといったテーマを扱っているが、そこに翻訳作業というフィルターを重ね、奥村氏の主観的な解釈や判断を含む存在へと変容させることで、意味構造のレイヤーを重層化させ、鑑賞者の認識に揺さぶりをかける。

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奥村雄樹 《くうそうかいぼうがく(深川編)》 2012年

また1階のミュージアムショップ横では、奥村氏が子どもを対象に行っているワークショップ「くうそうかいぼうがく」の作品も合わせて紹介されていた。大きな紙に上半身の型を取り、そこにクレヨンや絵の具を使って、子ども達が自分の体内を想像して絵を描くという内容だ。青空や樹木、動物など、通常身体の外にある存在を内に取り込んだ解剖図からは、既存の境界を飛び越え、新たな輪郭を自らの手で獲得しようとする軽やかな意思が感じられた。

3階最後の展示室は、それまでの雰囲気とは一変し、オーギュスト・ロダンのブロンズ像や、黒田清輝の油彩作品といった作品が飾られている。一見、実にオードックスな展示空間に思えるこの「状況」を作ったのは、田村友一郎だ。

撮影を一切行わずに映像作品を制作するなど、制作過程そのものが問いを孕むような作品をこれまで発表してきた彼だが、今回は「過去との出会い」をテーマに3階展示室と地下駐車場の2サイトが呼応するインスタレーションを展開していた。

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田村友一郎 《深い沼》 2012年 (部分)

展示は、以下3つのプロセスを何度か往復する中で作り上げられている。1. 美術館の収蔵作品から77点を選出する 2. そのタイトルのみを用いて、深川(美術館の所在地)の歴史にまつわる「深い沼」という一編の物語を作りあげる 3. その77作品から、深川の歴史を連想させる数十点に絞って3階に展示し、地下駐車場には前述の物語を舞台化したかのような空間を作り出す。

映画セット製作の専門家が、新品の木材にエイジングを施すなどして完成させた舞台(深川に存在した、ある民家を再現したものであり、玄関、廊下、6畳程度の居間で構成される)に上がり、畳の上に座って五感を研ぎすませると、建物を揺らす微細な揺れ、窓硝子がカタカタ揺れる音、ラジオから流れるノイズ音、駐車場の奥から時折流れる優雅な音楽などが知覚される。知覚のアンテナを更に広げると、広い地下駐車場の全体に、音や光が誘導的に散りばめられていることに気付く。畳を離れ、仄暗い地下駐車場を歩くうちに、どこまでが意図的に作られた状況で、どこからが元々の状態なのか判別がつかなくなる。見る人毎に異なる解釈を可能にする作品だが、各時代の歴史や記憶が作品という形で積層する美術館という場の特性、そしてそこに収蔵されている新旧様々なメディアが、いかに時間や空間を取り扱ってきたかを検証する、オマージュ的な作品であるように感じられた。

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