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川内倫子展「照度 あめつち 影を見る」

HAPPENINGText: Yu Miyakoshi

トークで語られていて興味深かったのは、川内氏が自分の作品集はパラパラと見てくれればいい、と言っていたことだった。そのページをめくる仕草が、本当にパーッと終わってしまうごく短い間のことだったので、そのことからパラパラ漫画や、映像のはじまりは写真家のエドワード・マイブリッジが1800年代に馬の走る姿を連続して撮ったことだった、という話を思い出し、川内氏の写真は映像的なのだろうか、と思った。

その “パラパラ” には、時間をともなうアートの不可思議があるように思われた。記憶やイメージが頭の中でどんなかたちや構造をしているのか、ということには謎が多いものの、アーティストがイメージをアウトプットし作品化する時、しばしばそれは画の連続として現われる。そして 映像のような性格を持つ川内氏の作品集が不可思議で、また魅力的なのは、その “パラパラ” とめくられていく物体が、記憶を外に取り出したものの “あるかたち” のように思われるからだ。

とはいえ、川内氏の見せるシークエンスの中の写真が、たんなる映像の静止画像なのではなく、1枚1枚シャッターをきる瞬間があった、という事実は依然として存在する。生という時間が続いていく間に、川内氏がそこでシャッターをきったということ、一瞬たりとも静止することのない世界をそこで写したということ。川内氏の次の言葉を読むと、いかに撮るという行為を通して真摯に世界と向き合っているか、ということがうかがえる。

——身体の中に子どもの頃の記憶を持っていて、生きている人たち全員が過去を抱えながら今を生きているということに対する興味があって、それはオブセッション(強迫観念)でもあります。(中略)肉体と記憶の関係を説明することは困難で、そのことに対する謎や恐さから逃げたいと思う反面、逆に向かい合って作品化することで消化しているのかもしれません。写真を撮る時は一瞬に集中できるので、それが救いだと思います。過去も未来もないので、自分にとって自由になれる瞬間。抗えない時間の流れから自由になりたいのかもしれません。(展覧会図録「照度 あめつち 影を見る」より転載)

撮影し、撮ってきたものをコンタクトシートの中から選び、プリントし、編集するという作業を通して、記憶や経験を写真に映しこんでいく。そして、その写真行為を川内氏は「整頓」と呼び、そのことが生きて行く上でバランスをとる行為にもなっている、と語っている。 その言葉は、川内氏にとって写真行為が必要不可欠なものであり、そこで向きあっている対象はとてつもなく大きなものなのではないか、ということを思わせた。

写真家が「作品化」と呼ぶ作業は、撮影の後の選択やプリント、構成作業といった一連の流れにある。それはカメラでとらえてきたものを可視化するための、錬金術のような作業だ。『構成を何度も考えたり、もう一回撮影に行ったりといったしつこい作業を繰り返していく過程の先に、自分の見たい答えが写真からふっと浮かび上がってくる』、『プリントは自分の中にある感覚を呼び覚ます作業』、と川内氏が語っていることからも想像されるように、その奥深さには、制作の秘密とでもいうべきものが潜んでいる。川内氏の制作の場では、タイムレスな記憶、現実、写真という物体といった未分化なものたちが、素材としてきわめてニュートラルに、等々しく扱われているように思われた。そして、その混沌と共にあるからこそ、川内氏の写真の魅力が生まれてくるのではないだろうか。

そこから生まれた写真は “パラパラ” とめくられていくシークエンスにつながっていくものであり、その連続性は、人間の記憶の不可思議に近似しているように思う。というのは、「記憶」というものは、いったい現実に即しているのか、あるいは、自分はそれを編集したのだろうか、捏造したのだろうか、もしくは、いま想像しているのだろうか、といった不可思議である。

写真は誰にでも撮れるものだけれど、写真家の見ている世界が大きければ大きいほど、1枚の画に表されるものも大きい。本展覧会の写真を歩きながら見て行くと、日常的な瞬間が続いていたかと思うと、時々ふっと永遠を思わせるような、天文学的な視点でとらえた風景が混ざってくる。川内氏が意図して提示した “タイムレス” な風景が見せるシークエンスの間に時として現れるのは、 私たちが時を忘れる “タイムレス” な風景だ。

東京都写真美術館の「照度 あめつち 影を見る」と、TRAUMARISの「Light and Shadow」は、同じ恵比寿にあり、直近でその二つの展示を見ることができたのはとても充実した体験だった。最後になってしまったが、川内氏にインタビューさせていただいたこと、オープニングトークで拝聴した朝吹真理子氏、アートプロデューサーの住吉智恵氏の言葉に恩恵を受けたことに、この場を借りて感謝の気持ちをお伝えしたい。そして、この先にまたトークイベント等の、直にアーティストの声を聞く場があれば、興味をお持ちの方には展示と合わせてお薦めしたい。その時々の機会によって、それぞれの “Iridescence”(イリデッセンス)の閃きがあればと願いつつ。

川内倫子展「照度 あめつち 影を見る」
会期: 2012年5月12日(土)~7月16日(月・祝)
営業時間:10:00〜18:00(木・金曜日は20:00まで)※入館は閉館の30分前まで
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は開館し、翌火曜日休館)
会場:東京都写真美術館
住所:東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
入場料:一般 700円、学生 600円、中高生・65歳以上 500円
TEL:03-3280-0099
https://www.syabi.com

川内倫子展「Light and Shadow」
会期:2012年5月16日(水)〜7月1日(日)
営業時間:16:00〜24:00(日曜日14:00〜22:00)
休館日:月曜日
会場:TRAUMARIS|SPACE
住所:東京都渋谷区恵比寿1-18-4 NADiff APART 3F
入場無料
TEL:03-6408-5522
https://traumaris.jp/space/

Text: Yu Miyakoshi
Photos: Yu Miyakoshi

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