竹村 京 展「見知らぬあなたへ」

HAPPENINGText: Yu Miyakoshi

竹村氏の今までの制作を振り返ると、大きな転機が3度ある。1度目は冒頭のテキストでも語られている出産、3度目が震災を機に見知らぬ人に興味が湧いたこと、そしてその間にあったのがコンテンポラリー・ダンサーの安藤洋子氏の家に滞在した時に起きた「思い違い事件」だ。

竹村氏は、2009年にパフォーマンス「May I enter?」の制作の為に安藤氏のドレスデンの仮住まいに滞在し、楽しい時間を過ごした。その後自宅に戻った竹村氏は、その記憶をすぐに作品にしたいと想い、安藤氏の家にあったアーチの上に印象的だったピンクの花を描いた。(Dresden dream, 2009)

ところが後から写真を確認してみると、どこにもピンクの花などは写っていなかった。もともと千年後に残る作品を作りたいと思っており、やがて色褪せて飛んでしまう色というものをさほど重要視していなかった竹村氏にとって、このことは衝撃的だった。「うつりにけりな」と言われてしまうぐらいの儚いもの、そう思っていた色が、これほどまでに記憶に強い印象を残していた。その出来事があってから竹村氏は『事実よりも「自分がどう見ているか」ということの方が、その人生を作っているのではないか』と思うようになり、以前よりもストレートに色を使うようになったという。

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“Dresden dream” 2009. Courtesy of Taka Ishii Gallery. Photo: artist

この思い違い事件で興味をそそられる点は、竹村氏が「思い違いをしていた!」と気付いた瞬間に誤っていた記憶が真実味をおび、むしろその記憶と主観の整合性がとれたところにある。竹村氏がこの時にイメージしていた色は、ストレートに表現に繋がり、紙の上に表された。ピンクという色が、感情、意識の中で見えている色、表現したいこと、絵具の色、その全てに共通するオールマイティなカードになった。
このことは普段、何色で表現するか、どの絵具を使うか、といった試行錯誤を繰り返しているアーティストにとって、爽快な体験だったのではないのだろうか。それはまた、逆説的にも思い違いしていたからこそ成しえたことであり、そのことがアーティストの価値観を大きく変えてしまうきっかけになったわけも、よく分かる。無意識の想像が起こした悪戯のようなものが、時には、理性に傾いていた頭を何かしらのリアリティに揺り戻すこともあるのだ。

竹村氏の作品は第一、第二、第三の転機をへて、より強く、普遍的なものへと変化してきた。
初期は繊細という印象が前面に出ていた作品に、生彩の色が濃くなり、身近な人へ興味は、見知らぬ人への興味に波及し、表現は太いものとなった。その転機を通して見えてきたものは、生きることや人間臭さというもの。竹村氏は人生を通して出会ったもの、抱えてきたものたちをそこに並べ、その間に落ちているものまで、全てを拾い集め、「皆さんご一緒に」とその場を開く。そこには「絹糸は虫を殺しているから命の転換」と語っていることに象徴されるように、あらゆるものに光をあてようとする強さが生きている。

竹村氏がモチーフを語る時に「既視感」というキーワードがある。『私にとって既視感というのは、強調されて見えてくるものなのです』と竹村氏は言う。アトリエに身近な人の写真やファウンドフォトを並べ、自らの記憶も重ね合わせイメージを形にしていく。時には「between tree, ghost has come」で試みたように、クロノロジックに祖母が幼少期を過ごした1920年代と、自身が幼少期を過ごした1980年代を巡り、時にはファウンドフォトの時間を横断する。そうして並べられた何枚ものレイヤーの間から、空気の層のような、もう一つの現実が立ち現れる。竹村氏はそれらを束ね、一つの場を作り上げる。観客はその場を提示された時、ふと錯覚を覚える。数々のイメージの中に、自分の体験が隠されているような気がする。「May I enter?」模されたのか、それとも、こちらが入り込んでしまったのか。それは、既視感のようでもあり、記憶錯誤のようでもある。だが、それが事実と違ったとしても、何だと言うのだろう? 私たちは、毎日思い違いをしたり確認したりしながら生きていて、結局は事実よりも、その中で表現されることの方に注目したがるのだから。

竹村 京「見知らぬあなたへ」 “dearest unknown You”
会期:2012 年1月21日(土)〜2月10日(金)
時間:12:00〜19:00(日・月・祝祭日定休)
会場:タカ・イシイギャラリー
住所:東京都江東区清澄1-3-2 5F
TEL:03-5646-6050
http://www.takaishiigallery.com

Text: Yu Miyakoshi

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