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トランスメディアーレ 2005

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クラブトランスメディアーレのプログラムは、ヘッドフォンコンサート、パネルディスカッション、ライブ、DJパフォーマンスを含め、ぎっしりと詰まったスケジュールと共に、しばしば真夜中までかかる9夜連続のリハーサルを行った。オープニングの夜は、メインルームを指揮する悪名高いテク−ファンクの巨匠、アクフェンが所属する、サンパデリック・カットアップ・ファンクを筆頭に、VJチーム、タイニー・リトル・エレメンツマリウス・ワッズによる華やかな映像、といったラインアップになった。



VISUALS OF MAIN ROOM

セカンドホールでは、ターミナル11やディスコサンプリスト、ジェイソン・フォレスト/ダナ・サマーらがフィーチャーされ、トランスメディアーレの“ブレイクコア”への旅「ウェイステッド」が行われた。これまでに、このくどくて容赦ないベースラインと、頭をかき乱すギャバービートが伴うブレイクコアのファンになったことはない。しかし、ストロボライトとスモークマシーンをめぐって激しく揺れるヘッドバンガー達(主に男性)で埋め尽くされた部屋は、大層な見ものであった事を、私は認めなければならないのだ。例えそれが、90年代初期、クラブカルチャーが最もひどかった (関わるものによっては最も面白い)頃の恐ろしい記憶を蘇らせたとしてもである。


SOFT PINK TRUTH

メインルームでの土曜の夜のプログラムは、エレクトロ−ポップ−ロッカーズである、ソフト・ピンク・トゥルースや、スナックスによる、ハードエッジさを抑えた楽しい音楽を約束した。人々は双方に良い反応を示したが、ソフト・ピンク・トゥルースの、下半身に大きな飾りのペニスをつけてドレスアップした“おふざけ”は特別だった。

元CANのドラマー、ヤキ・リーベツァイトが参加した、バーント・フリードマンによるパフォーマンスが行われた月曜の夜のアート・ロック・プログラムには、かなり多くの人が集まった。彼らは非常に軽快にファンキーなメロディーを奏で、重低音のミッド・テンポなドラムのビートと共に、多くの人の足を動かすようなコンビネーションを披露した。CANファンの中には、ドイツのオリジナルロックアーティスト達の生のライブ演奏に、畏怖しながらただ立ちすくんでいる者もいた。


BURNT FRIEDMAN AND DRUMMER

私は、週末後には“クラブ疲労”により力尽きてしまったが、ノルウェイの、シングル・ユニットによる火曜のパフォーマンスについては、いくつかの良い報告を受けた。彼らは、独特の即興と、相対するジャンルやスタイルを、カオティックな高いエネルギーでつくりあげた(それでいて慎重な)メロディー構成で、観客を魅了した。

カナダとドイツのミュージシャン達から成るラインアップの、ビッグ・ファット・ランブルが行われる金曜日はすぐにやってきた。その人気を高めている、レ・ジョージ・レニングラードは、完璧に心打つ声で歌い上げる女性ボーカルのポニー・Pを先頭に、キャッチーでエレクトロポップな演奏で、楽しいショーを披露した。一風変わったコスチュームに身を包み、その美的感覚でわざと楽器をぼろぼろにする彼らは、ありふれた“アートスクールから成り上がったクーキーなエレクトロアーティスト”のジャンルに、もしかしたら少し近づきすぎているのではないかと感じた。


LES GEORGES

ラウムシュミアのテクノライブにセットが切り替わり、 突然、メインルームを躍動するクラブに変えたドイツのアシッド・ディスコが、自身のエレクトロ・テックをミックスしながら、それらメインステージのおふざけに続いた。メインホールは真夜中になるにつれて、電流が流れるほどの興奮を感じたり、もしくは単にレイブ・スタイルの雰囲気に浸りたい人に向けた場所となった。それは確実に、私のように年老いた酔っぱらい向きではなかったので、私はフェスティバル最終日と土曜の夜のためのエネルギーを残しておこうと、とても早い時間に逃げるようにして家に帰ったのだった。


PLANNING TO ROCK

そして土曜の夜、セカンドホールにて、私のお気に入りの1つであるプランニング・トゥ・ロック(PTR)が、真夜中過ぎに演奏を開始した。私はこの女性のソロ・アクトを前に一度見ているのだが、今回はその時以上に楽しんだ。彼女の歌は、雄大なメロディーで素晴らしく構成されており、新しい体験として加えられた美しい映像イメージと共に、この夜のパフォーマンスは高揚を迎えた。人々は明らかにうっとりと魅入り、 彼女がステージから去ると当然のように、アンコールを叫んだ。アンコールは行われなかったが、代わりにジャニーン・ロストロン(PTR)が、仲間であるハイディ・モーテンソンをステージ上にて紹介すると、彼女はより熱情的なソロパフォーマンスを披露したのだった。

すぐ後に、メインルームでは、フェスティバルの人気者であるマッド・プロフェッサー(イギリス)が、 前夜に行われた大騒ぎとは対照的なリラックスした雰囲気を作り出し、人々を、独特な音響効果のダブの世界に引き込んだ。1時間後には、ターンテーブリスト、DJマルボロがブースを陣取り、アメリカの映像アーティスト、デッカムによる映像的サポートと共に、マイアミバス、エレクトロファンク、ブラジリアン・ゲットーテクのブーティ・シェイク・コンビネーションと続いた。クラブは朝の10時まで開いており、最終日のエンターテイメントは全体として、この非常に多様なアートプログラムに相応しい最後となったように見えた。


MAD PROFESSOR

今年のトランスメディアーレの成功や失敗を巡っては、それぞれに様々な意見があげられた。昔なじみの人々は、この“ベーシック”というテーマは、メディアカルチャーを90年代初期に後退させたと不満を持ち、また、いくつかのインターラクティブアート制作の質について不平を言う者もいた。しかし、このプログラムの中で、テクノロジーを受け入れない者からハイテク狂の若者や大学生に至るまでの全ての人々が、少なくとも感銘を受け、そして何か挑戦するものを見つけたであろうこと、そしてたくさんの異なる視覚的、聴覚的作品があれば、たくさんの吸収する部分もあったということは確かである。

トランスメディアーレは間違いなく、実験を発展させて新古のテクノロジーを語り継ぐための“時間”と“資源”を持ち、更生された財源を共にするニューメディアアートの重要な一部と言えるだろう。今年のプログラムは、我々がたどってきた道と、そしてたどり着く可能性のある場所を、まだまだ熟考する必要性を証明したのである。

トランスメディアーレ 05
会期:2005年2月4日〜8日
会場:Haus der Kulturen der Welt, ドイツ・ベルリン
http://www.transmediale.de

Text: Peta Jenkin
Translation: Yurie Hatano
Photos: Peta Jenkin, Microbi – photophunk

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