アキッレ・フーニ回顧展 1890-1972

HAPPENINGText: Ilaria Ventriglia

第一次世界大戦に、かの有名な「自転車兵団」で、マリネッティ、シローニ、ボッチョーニ、ルッソロ、サンテリアとともに、20世紀の最も重要な芸術運動である「未来派宣言」(ヌーブ・テンデンゼ、1913年〜1914年)に連署したフーニは、知性との架け橋となった。これは後に20世紀のイタリアでの20年代から30年代への古典主義に続く。


Achille Funi, Genealogia (Genealogy), 1918

「秩序を取り戻す」という雰囲気の中で、フーニは完璧さと美しさの理想に従い、身体を再現することに夢中になった。常に非常に伝統的な方法で活動した彼は、空間の発見に没頭した短い未来派の時代でさえ、彼は抽象化よりも体積のコントラストの緊張を好み、幾何学を様々な構成の基本として、またドローイングを製作のカギ、あるいは中心となる方法として学んだ。

1930年からは壁画を積極的に制作し、1933年に彼はマリオ・シローニの「壁画宣言」に署名。同じ年には、モンツァのヴィラ・レアーレで開催されたVトリエンナーレ・ダルテ・デコラティバに、カラ・シローニ、デキリコ、カンピグリ、カーリ、セヴェリーニらとともに参加。建築と装飾芸術の間でますます活発な議論を引き起こした社会のコミッションとトリエンナーレ展のおかげで、ミラノで芸術的な雰囲気が非常に充実した年となった。


Achille Funi, Umberto Notari nello studio di piazza Cavour a Milano (Umberto Notari in his studio in piazza Cavour, Milan), 1921

このようなイベントに度々参加することは、当時では文化シーンの主要なカタリスト(触媒)の一つでもあった。ルネッサンス的芸術概念を継承し、エレガントな空気を漂わせていた優れた実験者であると同時に知識人でもあったジオ・ポンティに(ミラノでの展覧会では、アール・デコ時代に製作されたマジョリカ焼き、家具、デッサン、ドキュメント等幅広い作品を展示している)フーニは、ローマのリットリオ宮殿のコンペティションで再び彼に出会った。マッシモ・カンピグリとの関係から生まれたこれらのコラボレーションは、体制と理知の曖昧な関係に関する難しさと厄介さにもかかわらず、当時の実りの多い雰囲気の重要な証明なのである。

Achille Funi 1890-1972. L’artista e Milano
会期:2001年12月15日〜2002年2月24日
会場:Spazio Oberdan, Milano
住所:Viale Vittorio Veneto, 2, 20124 Milano
TeEL:+39 (0)2 7740 6354
http://www.funi.artv.it

Text: Ilaria Ventriglia
Translation: Sachiko Kurashina

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